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Eyja #05

 人類史上初めて、民選により女性が国家元首になったのが1980年。アイスランド第4代大統領のヴィグディス・フィンボガドゥティルは、モノクロの写真の中で英国初の女性首相、サッチャーと並んでいる。2人は完全に横並びで、共感が画角を律しているが、ヴィグディスのドレスはフォーマルを逸脱していてどこか演劇めいている。故アレキサンダー・マックイーンの仕掛けたコレクションの、そのランウェイの途中。1995AW「Highland Rape(レイプされたハイランド)」、1996AW「Dante(ダンテ)」のような。アレキサンダー・マックイーンの幽霊によって、フロントロウに骸骨が並べられている。牛耳る牛、牛は首だけのトロフィーにされ、勝ち誇る武器を持った人類も過去のものとなる。彼女は行進する。ヴィグディスは行進する。歴史において恥ずかしく思うことのないように考え、それでも思い切ってヴィグディスは行進した。シュプレヒコールは「Ísland úr NATO, herinn burt(アイスランドのNATO脱退と軍隊の撤退を求める)」。当時アイスランドがおかれていた状況への抗議運動は、ケプラヴィーク国際空港の周辺で行われた。喜八郎は知っていた。比奈は生まれていなかった。2つのエイヤはそれぞれの運命を辿っていた。

 コペンハーゲンを発った飛行機は3時間後にケプラヴィーク国際空港に着陸し、比奈は喜八郎に会った。喜八郎も比奈に会った。比奈は話したいことが沢山あって、話したいことは沢山あるがゆえに競合し、話したいことは絡まり合い喉につっかえていた。挨拶や細々とした事実の確認や選択肢の絞られている質問を経て、ぽつりぽつりと対話は開始された。喜八郎の運転する車の揺れは心地良い。少し窓を開け澄んだ外気で肺を満たす。超越的な自然と、自然なグラデーションで街に入っていく。背の低いレイキャヴィクの街。車窓からハットルグリムス教会が右手に見え、細い路地に入っていく。夜に溶けるような黒い壁と、赤い鋭角屋根の喜八郎の家の前で鍵を渡され、先にくつろいでいてくれと喜八郎は駐車場へ向かった。

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