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Eyja twins #02

 チャールズ・ベルリッツが22歳の記憶、西暦で言うと1937年。1937年の冬。アイスランドの南西沖で海底火山の噴火があった。世界大戦の合間に起こった奇跡のような出来事。チャールズ・ベルリッツはそう言っていた。そう言っているところを内側から見ていた。私はチャールズ・ベルリッツとしてそう口にしていた。当時新聞か何かで知った記憶を引っ張り出したのだ。チャールズ・ベルリッツが。私が。ウルトラブルカノ式の噴火はマグマが冷たい海水に直に触れるので、派手な水蒸気爆発を引き起こす。早送り再生の巨木の成長のような噴煙が白く堂々と立ち昇り、米空軍の海上偵察機が煙の根元にある新島を発見した。信号無線電信での報告を終えたその米空軍試用期間中の小型単発機は、燃料が危うくなるほど旋回を繰り返し大地そのものの出産に立ち会った。旋回は自然と8の字になった。島は双子だった。世界地図の目尻に添えられた二つの泣き黒子のような双子の島は、3年程して噴煙を上げなくなり、沈黙した。双子は地球の島として歴史を歩み始めた。

 随分と昔から、アイスランドはデンマークのものだった。1940年にナチス・ドイツがデンマークに侵攻すると、イギリスは航路の要衝としてアイスランドを押さえ、後にアメリカもやってきて共同統治下に置いた。双子の島はエイヤⅠ、エイヤⅡと呼ばれ、最初の親は炎と氷ではなく、アメリカとイギリスということになった。どちらの島も人間の出入りは制限され、あらゆる関心は次の世界大戦へと半ば強制的にスライドされてしまった。世界は引き付けを起こした乳飲み子のようだった。

 史上初めての上陸を果たしたのは海鳥エトピリカの群れだった。最初の一羽が咥えていたニシンをするりと呑み下し、ぱたぱたと前進すると、島を見渡せる低い丘の端に鮮やかな橙色の足をかけた。最初の一羽はまた鮮やかな橙色の嘴を地面にコツンと鳴らす。すると群れは散り散りに飛び立つ。最初の一羽はそこに留まり、凝縮した空のような水色のフンをした。強すぎる風にたなびく目元の飾り羽はブロンドではなく、インターナショナル・クライン・ブルーに似た鮮やかな青色、まだ知られていない新種。眼に優れた中心窩をもつエトピリカは、一点を見つめる表情で島全体を見渡すことができる。意識などなく、あるのは集中だけ。網膜血管に全ての血を留めて置き、眼球の血管が視界に映り込まないようにしていた。そして磁界がくっきりとする。人間の網膜にも磁界の受容に結びつくタンパク質があり、チャールズ・ベルリッツは地球の磁場を視ることができた。だから『The Bermuda Triangle』は書かれたのだ。その箇所だけはオカルトではない。そこに私がいるのだから。

 

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