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『Waver』はアートとエンタメの継目に揺らぐ2

歌詞要らない?

 歌詞は必要だろうか。歌詞の載ったメロディ発生の動機として「詩大序」の冒頭を読んでみると、まず心に抱えたものが詩となって、音高を伴ったものとして身体から出てくる。その嘆きのようなものは歌となり、それでも足りなくなると手足を伴って舞い踊る…みたいな具合だ(単純化できない循環がある)。この想いよ(たとえば神に)届けと自然に歌が生まれる。言葉から自然にメロディに移行していく過程を、メロディに言葉を当てはめる、に変えてもうまくいくのだろうか。

 ソラリスの海、原子の海のスープのようなものからアミノ酸の配列を取り出してくるように歌詞をつけられたらどんなに良いだろうと思う。そこにはありとあらゆる言葉が、言葉の繋がりの可能性が揺蕩っていて、メロディに最も適した言葉を摘み上げられたなら。それが出来ないから大人しく本を読むしかない。人と話しものを考え、せめてタイドプールくらいにはなりたい。

 『Waver』の歌詞はいわゆる「曲先」で制作されていて、メロディに歌詞を嵌めていくことになる。全部ラララでもいいな、と思う。でもiueoの母音も聴きたいな、息が抜けていくようなたとえばサ行の音も良いし、舌打ちや、ラ行よりも露骨な巻舌も良いな、と思う。歌詞は、そんな思いを一挙に解決するためにあるのかもしれない。でももう少し何かしたいなと欲が出る。圧縮された論理とか、鮮やかなイメージを喚起しつつ意外性のある繋がりで表象の世界を揺さぶったりしたくなる。心地よいメロディに不穏な単語で、ヘルツを超えた違和を演出したり。メッセージ性、あったほうが良い?ないほうが良い?

 『Waver』には全曲にコンセプトがあって、それは言葉で表現されたもので、その言葉の連なりをもとに曲を作ってもらったのだから、拍子や音高にもそのコンセプト=言葉の連なりが多少なりとも反映されているはずである。曲作りが、ある込めたいメッセージから出発したものであるなら、そのメロディから一定の方向性を持って歌詞を取り出していくのは妥当な行為だろう。でもそこには作詞家にはどうしようもないものがあって、そのどうしようもなさが良い。メロディを屈服させようとしてはいけない。意図していた詞のコンセプトを演説のようにはめ込むことはできず、意味は多方向に散り散りになる。無限の解釈の余地が生まれる。試したこともないアミノ酸の配列が偶然にも生まれ、聴いている人の中にこちらの全く意図していない感情や解釈を喚起することがあるだろうし、あって欲しい(そしてそれをこっそり教えて欲しい)。だから私は曲を、詞を、こういうふうに解釈してくれ、と言いたいわけでは決してない。あくまでも、曲を作り始める際のコンセプトの話をしている。ネタバレの類ではない。曲作りに関わった誰にもその真意を維持することはできない。バラすことの出来るネタは曲が持っていってしまう。曲として出来上がったものに対しては去る背を見送ることしかできない。

 『Waver』のブックレットを見ながら考える。想いや声を生かし、伝える方法が他にあるのなら、もしかして歌詞は要らないのかもしれない。

Rest in a Stroke

  曲の制作時に使っていた仮のタイトルは「陽だまり」。田所さんの心安らぐ「陽だまり」を目指して作られた。作曲の大和さんが光のアイソレーション・タンクのような曲を用意してくれたので、自他が溶けひとつになるような(「秘密の未来で落ち合う」ような)歌詞が出来た。他人とうまくやっていく必要のない自他が溶け合うコミュニケーションの極北は、世界全体に適用しようとするとユートピア=ディストピア的だが、そう錯覚できるような小さな領域を自分の周りに確保しておくことは、生き抜く助けになるだろう。

大和さんの人柄にも触れた鼎談ラジオはここから↑

クリシェ

 「クリシェ」はフランス語で常套句・決まり文句。使い古されたというニュアンスがあるが、その儀式的な部分が胸を打つ場合もある。人は効率よく合理的な仕方で繋がっているわけではないので、儀式的なものが糊の役割を果たすことがあると思う。「おはよう」「こんにちは」「ありがとう」「じゃあね」などが際たる例で、そういったクリシェがコミュニケーションを円滑にしたりする。結婚式自体も「誓います」の言葉も私たちにとっては社会に既に存在していたもので、そこに愛し合う二人のハイライトみたいなものを持ってくる必要は全くないが(なんでもないような平日の夜が最もロマンチックであったっていいだろう)、覚悟を決めるには丁度良いのかもしれない。そこには物語をドラマチックにする「別れ」「裏切り」「死」みたいな悲劇を思わせるものが入り込まないように、決して物語が映えないように、笑いの絶えない喜劇であるようメンテナンスしていく慎重さを誓う覚悟がある。永遠は用意されていない。そこから始めるのだ。

 作曲者の五郎川陸快 (ごろうかわ たかよし)さんの情報はあまり出てこないが、きっと素敵な方なんだろうと思う。

死神とロマンス 徒然恋愛サバイバー

 『Waver』のテーマは「揺らぎ」、それを心だけでなく身体でも表現したいというところから曲制作を始めた。コロナ禍が収束して、思いっきりライブができるようになったらファンと共に身体を激しく揺らして盛り上がりたいという田所さんの願いを、MOSHIMO岩淵紗貴さんと一瀬貴之さんが素晴らしい曲にして下さった。1曲の発注だったが2曲用意してくれ、どちらも捨てがたく両方収録されることになった。軽快に歪んでいく純情が胸を打つ、岩淵さんの独特な歌詞が心地良い。

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