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【創作】記憶

朧月夜おぼろづきよを利用者たちと一緒に唄う。
大きな口を開けて唄う利用者たちに微笑ましさと、そして切なさを感じた。


施設を利用している人のほとんどが大なり小なりの認知症を患っていた。昨日あったことを憶えているのは稀で、さっき食べたばかりのご飯を忘れてしまったり、中には家族のことまでも忘れてしまう人もいた。
ただ不思議と昔の歌を記憶している人は多かった。


うちの施設では昼食前に口腔体操も兼ねて歌を唄っている。週ごとに唄う歌を替えており今週の歌は童謡の『朧月夜』だった。1週間毎日同じ歌を唄うが唄ったことは忘れてしまうようで、「懐かしいわ」「子供頃よく唄ったわ」と毎回同じ言葉を口にしていた。だけど歌詞やメロディーを忘れることはなく毎回ちゃんと唄えていた。

菜の花畠に 入日薄れ
見わたす山の端 霞ふかし
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて におい淡し

何の躊躇もなくスラスラと唄う利用者たちの姿を見ると、歌よりももっと大切なことを憶えていて欲しいなと身勝手なことを想ってしまう。
数日前に悲しげな表情で施設を後にした家族の顔が頭に過ぎった。


里わの火影も 森の色も
田中の小道を たどる人も
蛙のなくねも かねの音も
さながら霞める 朧月夜

朧月夜を利用者たちと一緒に唄う。
その儚い記憶に朧月を重ねて、思わず目を細めた。


おしまい


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こちらの企画に参加しています。


#シロクマ文芸部
#レギュラー部員
#朧月
#認知症


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