【創作】プレゼント⑥
「こんばんは、今日は2度目だね。」
少年の優しい声が耳に響き、私は気持ちが落ち着くの感じた。
さっきまで胸に広がっていた黒い浸みがスーッと消えていくのが分かった。
私は涙を拭い真っすぐに少年を見つめる。
少年は変わらず優しい表情で私に微笑んでいる。
「ありがとう。私はずっと1人だと思ってた…でもそうじゃなかった。あなたのおかげで、あなたからもらった【物語】のおかげでそれに気づくことが出来た。本当にありがとう。」
「どうやら元気になったみたいですね。良かった。良かった。」
少年は私の言葉に一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに優しい表情に戻って嬉しそうに話した。
そして大きなかばんをガサゴソと探ると一冊の本を取り出した。
「じゃあ最後にコレをプレゼントしますね。」
少年が差し出した本はこれまでと同じ灰色一色の本だった。
そこには【ユミの物語③】と書かれていた。
私は驚いた。
私の物語は前回で終わっていて続きなどあるはずがなかった。
少年は私が動揺する事を分かっていたかのように満足そうな顔を浮かべ話を続けた。
「この本はこれまでの2冊とは違っていて、全く何も書かれていないんですよ。」
そう言って少年は本をペラペラとめくった。
少年の言う通り本には白紙のページが続いていた。
「白紙のページはこれからあなたが埋めていくんです。
あなたが感じた事や経験した事が一つ一つ本に描かれていくんです。
どんな本になるかはあなた次第ってことですね。」
少年から本を手渡される。
今までと同じ本のはずなのに、ズシリと確かな重みを感じた。
「あなた次第」
少年の言葉に私は怖くなった。
自分が変わらなければこれまでと同じ絶望する人生が待っているのではないかと思った。
私はどうすればいいのか。どうすれば変われるのか。
黒い浸みが胸の真ん中にポツンと落ちて、またジワジワと広がっていくのを感じる。
恐怖と焦りから鼓動が早くなり、胸の苦しみを覚えたその時だった。
少年が私の手を握った。そしてゆっくりと優しく話し始めた。
「大丈夫ですよ。あなたはこのままで良いんです。
あなた自身をちゃんと見てあげてなかっただけで、何にも変わる必要なんてないんです。
あなたは1人じゃない、たくさん味方がいるよ。
パパやママそしてコウタくん、あなたの物語の住人たちを信じてください。
きっと大丈夫だから。」
少年の優しい言葉がまるで光のように私を包み込んだ。
それはとても心地よく私は眠るように目を閉じた。
瞼には優しく微笑む少年が映る。
少年は私を見つめたまま「それじゃあ」と大きく手を振った。
目を開けると少年はもう消えていた。
手元に残る本を開く。そこには真っ白なページがあるだけだった。
私はしばらく白紙のページを見つめた後、携帯電話を取り出して1年ぶりにある番号を押した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■2020年1月22日
ユミちゃんはコウタくんに「ごめんね。」と言いました。
コウタくんもユミちゃんに「ごめんな。」と言いました。
そしてコウタくんはユミちゃんに前と同じ言葉を言いました。
「ずっと待ってるから」
ユミちゃんの目から涙がこぼれました。
でもユミちゃんは笑っていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■2020年1月23日
ユミちゃんはパパとママに「ごめんね。」と言いました。
パパとママはユミちゃんに「ごめんね。」と言いました。
そしてパパとママはユミちゃんに「ありがとう。」と言いました。
ユミちゃんもパパとママに「ありがとう。」と言いました。
3人とも泣いていました。でも3人とも笑っていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■2020年7月20日
今日はユミちゃんの26歳の誕生日。
ユミちゃんは夜の海を見て微笑んでいました。
ユミちゃんはもう一人ぼっちじゃありませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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雑居ビルの屋上から1人の男が街を眺めている。
暗い表情で肩を落としため息を繰り返している。
「会社もクビになって、彼女にも振られてしまった…」
ため息混じりに1人呟く。
「一体この先どうすりゃいいんだ!頼む!誰でもいいから俺を助けてくれ!」
流れる涙をそのままに男が叫ぶ。
そして涙が男の頬を伝いポツリと落ちた。
「あのーちょっとすみません。今、この辺りで涙の落ちる音が聴こえた気がしたんですが誰の涙か分かりますか。」
【プレゼント】 おしまい
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※原作:BUMP OF CHICKEN プレゼント
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お休み中の暇つぶしになれば幸いです。
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