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故郷(ふるさと)

勤務表を作っているとつい先月末の勤務を考慮せず月末から月初にかけて連勤になることがありますが、自分で作っておいて自分が8連勤になっている事に先日気が付きました。#鋼の連勤術師

こんにちは、コッシーです。


さて、何事においても目標を持つことはとても大切なことだと思います。特別大きな目標を掲げる必要はなく、たとえ些細な事であってもその目標を達成するために努力や行動をすることは本当に素晴らしい事だと思います。

こと介護においても、高齢者に目標を持ってもらうことは非常に重要だと思います。それがあるのと無いのとでは生活の張りが変わってきます。大げさですが生きる糧と言っても良い方もいるくらいです。

目標があるとそれに向けて日々を生きることができたり、辛いリハビリなどに耐えれたりすることがあります。ただ高齢者の中には認知症が進み目標自体を忘れてしまう方や、自分の置かれた境遇などに絶望して生きることすら辛いと思っている方がいます。

そんな方に【目標を持ちましょう】と言ったところでその方を追い詰めてしまう可能性もあります。まずは一歩一歩前進することが大切なのかもしれません。


1年前くらいに入居されたIさん(90代女性)は正に人生に絶望してうちに来られました。

Iさんは認知症ではありませんが、歩行に不安があり車イスで自走されています。Iさんはもともと息子さんと同居していましたが、残念ながらご病気で先立たれてしまい、お一人で暮らすのが難しいため介護施設への入居を検討されていました。

娘さんもいらっしゃいますが旦那さんと東京に住まわれており、一時は引き取ることも考えたそうですがIさんが頑として首を縦に振らなかったそうです。娘さんに迷惑をかけたくないという思いと、ご家族や息子さんと暮らしたこの故郷を離れたくないという思いからでした。

本当は息子と暮らした家で最後まで居たかったそうですが、娘さんに泣きながらお願いされ渋々うちの施設へ入居されました。

入居当初のIさんは本当に沈んでおり、「息子のいるあっち(あの世)に早く逝きたい」としきりに言っていました。本当に無気力で何もやろうとせず食事の時に食堂に来られるだけで、あとは1日中部屋で寝ていました。

デイサービスには整容の目的で週1回嫌々行っていましたが、リハビリもせずレクリエーションにも参加せずただボーっと過ごしていました。

まだ頭もしっかりされており、歩行は不安定ですが両手はしっかりと動かすことができるので、本来であれば目標を持ってそれに向けて日々を過ごした方が良いことは分かっていました。

しかしIさんの精神状態ではそれを無理強いさせることは出来ず、しばらくは無気力のまま過ごしていました。


入居して1ヵ月ほど経ったころでしょうか。

Iさんが施設に飾ってある【千切り絵】(記事の画像)を眺める時間が増えていることに気づきました。

その絵は社長のお知り合いのプロの千切り絵の先生がうちの施設に寄贈してくれたモノです。プロの作品なだけにとても美しく素晴らしい仕上がりになっています。


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そんな千切り絵をIさんはジッと眺めては何を言うわけでもなくしばらくすると居室に戻られました。

ある日、絵を眺めているIさんに声をかけてみました。

「Iさん、この絵が気になるんですか」

「いや別に」

そう言うとIさんはお部屋へ戻っていきました。


また別の日Iさんは千切り絵を眺めています。

絵を見ている時のIさんは普段の暗い目とは違い、真剣な眼差しでした。

「素晴らしい絵ですよね」そう僕が語り掛けるとIさんは何も言わずに頷きました。

「この絵は千切り絵と言って和紙を少しずつ手で千切り重ね合わせているんですよ。大変な作業だと思いますが、とても美しいですよね」

そんな風に僕が説明をすると、Iさんは絵を真っすぐに見つめて

「私にも出来ますかね」

一言そう言われました。

何に対しても無気力だったIさんが初めて何かをやりたいと言われたことに僕は本当に嬉しくなりました。

「デイサービスでも千切り絵は出来たと思うから一度やってみようか。僕からデイには言っておくね」そう伝えると、静かに頷き居室へ戻られました。


その日からIさんはデイサービス利用時に千切り絵を行うようになりました。最初はぎこちなくスタッフの言われるままやっていたらしいですが、毎回続けているとどんどん上達していったそうです。

本人からも「もっとやりたい」と言う前向きな発言が出ており、デイサービスの利用日も週1回から週2回に増えていきました。

Iさんが千切り絵を始めて2ヵ月ほど経った頃、デイのスタッフからIさんが超大作を挑み始めたと聞きました。

どんな作品かは全く分かりませんが、目標を持って過ごすことはとても良いことですので、Iさんが前向きになっていることを本当に嬉しく思っていました。

Iさんはデイに行った日は主にその作品を作っているとのことでその集中力はスタッフが声をかけないと時間を忘れてずっと作業を続けるとのことでした。


それから半年ほど経ち、Iさんが超大作を作っていることすら忘れかけていたある日、デイサービスからスタッフが大きなキャンバスを持ってIさんと一緒に戻ってきました。

「Iさんの作品がついに完成したんです!見てあげてください!」

興奮気味に言うスタッフがキャンバスを僕に見せました。キャンバスに描かれた絵を見て僕は息を飲みました。


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故郷(ふるさと)、そう書かれた絵はとても繊細な色使いをしており空の奥行きがしっかりと描かれています。ほとんどIさん1人で作り上げたそうで、失礼ながらとても90歳を超えた方が作った作品とは思えないほど素晴らしい物でした。

下絵はうちのスタッフが書いたそうですが、構想はIさんが考えたそうです。

故郷の家の裏手でいつも遊んでいる娘さんと息子さんをIさんは微笑ましく見ていたそうです。そんな楽しかった昔の風景をキャンバスに描いたそうです。

この話を聞いて本当に胸がいっぱいになり、長い間この作品と向き合ったIさんがどんな思いだったかを考えると目頭が熱くなりました。

「Iさん、すごい、すごいよ!本当によく頑張ったね!感動したよ!」

興奮しながら褒める僕に、Iさんは少しハニカミながらこう言ってくれました。

「こちらの施設には本当にお世話になりました。ここが今の私の故郷(ふるさと)です」


大号泣です。


そんな事言われて泣かない施設長がいますか、いやおるまい。

「いや分かるけど泣きすぎでしょ」そんなツッコミをスタッフから言われるくらい感動しました。#すぐ泣く施設長


Iさんは僕らに目標を持って生きるという素晴らしさを教えてくれました。そして日々の努力が報われる日は訪れるということも。

努力して見事な千切り絵を完成させたIさんを僕は本当に誇らしく思いますし、心から尊敬をしています。

そう言えばもう随分とIさんの口から「あっちに逝きたい」という言葉を耳にしていません。


現場からは以上です。それではまた。

コッシー

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