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M29と呼ばれた男 14話

キャデラックを走らせてきたルートをそのまま逆走して、軍用トラックは研究施設へと向かった。
404部隊の宿舎へのルートと違い、途中から山道に入っていく。
機密維持のために、山を強引に切り開かれて作られた道路はデコボコだらけで、トラックは激しく揺れた。
生身の三半規管が悲鳴を上げ、胃の中のものをすべて吐き出せとわめきだす。
「吐いていいか?」
「だめ。もう少しだから」
車酔い防止機能でもついているのか平気そうなM923に一蹴され、唸り声で抗議しながら窓の外を眺める。
こんなことになるなら、キャデラックを運転した方がマシだった。

帰りは自分たちで運転してくれ、と404部隊の面々に言い放った時は爽快だった。
416が手にしていたビール瓶をテーブルに叩きつけ、うつらうつらと舟を漕いでいたG11が目をさまし、UMP9の笑顔は凍り付いた。
「何?それじゃ、あっちの女に乗り換えるってわけ?」
UMP45が、ビール瓶をナイフに見立ててこちらに向ける。テーブルの上には空のティーカップや小皿に混じって、ビール瓶が何本か並んでいる。
ティータイムは、いつの間にか飲み会に変わっていたらしい。
「上から呼ばれたんだよ。運転ぐらいできるだろ?」
「はいはい、できますよ。できるけど、こんな状態で事故起こさない自信がないんだけど」
「だいたい、また今度でいいじゃない!私たちと上からの指示、どっちが大事なのよ!」
わめいているのは416だ。見れば、新しいビール瓶を掴んでは車にガソリンを入れるように一気に飲み干していく。
UMP45が肩をすくめる。
「あれは見ての通り、酔っぱらった416。核兵器より危険な存在よ」
「カフェで酒盛りするなよ」
「当店では一般的なカフェの品ぞろいのほかに、タバコやアルコール類などの嗜好品も取り扱っております。なお……」
「あんたも説明しなくていい」
追加のビールを持ってきた店員をさえぎる。こいつらは本当に自律人形なのか。
飲み会と化したテーブルを見渡すと、416がどんよりとした危険な目で、こちらを見ていることに気づく。
「撃つわよ……フフフ、撃ってやるわM29……!最初から、あんたは裏切るってわかっていたわ……!」
「ダメだよ!撃っちゃダメ!」
アサルトライフルを構えようとした416を、UMP9が羽交い絞めにして阻止する。こいつ、ここまで酒癖が悪かったとは。
「じゃ、そういうことだから」
「あ、こら待ちなさい!まだ話は終わってないわよ!」
UMP45の怒声を背に、俺はカフェからころがり出るように逃げ出した。

いや、どっちもどっちだな。泥船かぼろ船かの違いでしかない。
車酔いから逃れるための回想を終えて、俺はそう結論付けた。
「ついたよ」
トラックは灰色の建物の前で止まった。
吐き気をこらえながらトラックから降りて、真冬の冷たくて新鮮な空気で肺を満たす。
太陽はほとんど落ちて、かろうじて木々の隙間から差し込むオレンジ色の光が、辺りを染め上げていた。
「行きなよ、M29。私は待ってるからさ」
M923が言った。緑色の瞳が夕日を弾いて、俺を射抜くようだった。
「いつまでかかるか分からんぞ」
「いいよ。いざとなったらこの中で寝るから。それとも、ここから歩いて帰りたい?」
そう言って、M923はシートが張られたトラックの荷台を叩いた。トラックの中で時間を潰すことに慣れているだろう。
ここから宿舎まで50㎞以上は確実にある。素直に頼ることにした。


入り口のスリットにIDカードを差し込んで、施設の中に入る。
あとは決められた手順で、施設の地下へと潜っていく。
簡素なエントランスを抜け、狭いエレベーターで地下2階へ。
部屋が並んだ通路の、奥から2番目の扉。ノックをして中に入る。
ファイルのラックや本棚が壁に並び、反対側にはデスクが備え付けられた簡素な小部屋。
およそ1か月前。俺にM29マグナムと、その名前をくれた技師がそこにいた。
技師は相変わらずの白衣姿で、オフィスチェアに座って書類を眺めていたが、俺の存在に気づいて目を上げた。
「待っていたわM29。こんな時間に来るとは思ってなかったけど」
「予約しとけばよかったな。長くかかりそうなのか?」
「ちょっとした定期健診とデータの採集だから、すぐに終わるわ。そこに座って」
俺が椅子に座ると、技師はプラスチック製の手枷のようなものを取り出し、俺の両手につけた。
手枷からはコードが伸びていて、デスクに置かれたコンピューターに繋がっている。
技師はキーボードを叩いて、なんらかのプログラムを作動させた。
「このままで30分。じっとしているだけで終わるわ」
技師が言った。長くはかからなさそうだとわかり、少しホッとする。M923を長く待たせたくない。
ふと、聞きたいことを思いつき、質問する。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
「そうだったかしら。私はエリス・マッドナー。生体工学の研究者よ。一応、博士号も取得しているわ」
「博士って呼ぶべきか?」
「好きに呼んでちょうだい。他には?」
「自律人形について聞いていいか?」
「ええ、どうぞ」
「なんで、あいつらはあんなに人間らしいんだ?」
いつもポジティブな性格のUMP9、常に眠たげなG11、神経質で酒癖の悪い416、そして機械でありながら平気で嘘をつくUMP45。
なにかを殺すために作られた兵器にしては、あまりに個性がありすぎる。
博士は考え込むように、顎に手を当てた。
「あなたにとっての、『人間らしさ』って何かしら」
唐突な質問だった。
「感情があって、物の好き嫌いがあるとか?」
「ええ、それも人間らしさの一つね。でも私は、『選択できる』事が人間らしさの中で一番重要だと思うの」
「選択することは、ただの機械でもできるはずだ」
「それは『選択させられる』事よ。自律人形には、時に選択することを放棄する選択すら要求される状況があるの」
「パラドックスってやつか」
「例え話をしましょう。自律人形には達成すべき目的Aがあるとする。その途中で、障害Bが現れた。もちろん、自律人形は障害Bを排除しようとするけど、ここで障害Bを排除すると目的Aが達成できなくなると判明した。自律人形は判断できずにスタックしてしまう」
「それが、さっき言った状況か」
「この場合、いったんその判断を放棄して、障害Bを排除せずに回避する方法を探るプロセスが必要になってくるわ」
「その判断を下せるのは、人間並みに高度な知能。ということか?」
「その通り。だから、自律人形の人工知能には、人間の頭脳に酷似したアルゴリズムが搭載されているわ。これで質問には答えられたかしら?」
人間とほぼ同じ頭脳が搭載されているから、自律人形は人間らしい。ということか。
そこまで考えて、もう一つ疑問が浮かんだ。
「なぜ、自律人形には女しかいないんだ?
「それはジェンダー的な観点からの質問?」
「単なる興味だ」
博士はため息をついた。やるせない響きのある、長いため息だった。
「見苦しかったの」
「え?」
「自律人形はいびつな存在よ。まだアイデンティティの確立もできていない人工知能に、知識と肉体だけを与えられて生み出された存在。そんな幼児にも満たない存在が、自身の存在理由を求めて、貪るようにあらゆるものを求める。成人男性の肉体でそれをするのは、あまりにも見苦しい。上層部はそう判断したの」
俺は想像する。俺と同じくらいの大の男が、自身の存在意義を求めて、あらゆる嗜好品に手を出し、あらゆる体験を求め、生者の世界とのあらゆる繋がりを欲する。
そういう生き方もありだと思うが、組織の為に自己のすべてを捧げてきた上層部の老人たちは、それを見苦しいと判断したのだろう。
戦場では、生きがいを求めてあがくような生き方をする男は必要ない、ということか。
ピー、とコンピューターから通知音が鳴った。博士は慣れた手つきで俺の手枷を外した。
「さて、今日は店じまいよ。続きはまた今度にしましょう」
「最後に一つ聞いていいか?」
椅子から立ち上がりながら、質問する。
「ええ、どうぞ」
「自律人形に関係を迫られたら、どうしたらいい?」
M923の名前は出さなかった。告げ口するのは好きじゃない。
「……組織によって、色んな処分があるわ。口頭注意で済むところもあれば、即座に破棄処分まで」
「ここはどうなんだ?」
「特に決まった社則は無いわ。でも、私個人の意見としては」
博士は、研究者らしからぬ真っすぐな目で俺を見た。
「その子に真摯に向き合ってあげて」
俺は頷いて、部屋から出た。

M923と真摯に向き合え。と言われても、彼女と会ったのはまだ2回しかない。
一度目は所属不明のジープに襲われた時、二度目はカフェで偶然会った時。
その二回で、彼女と真摯に向き合えるだけの情報を得られたどうか。正直なところ、あまり自信はなかった。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。周囲を取り巻く雑木林には深い闇が横たわっている。
M923は軍用トラックの運転席で、タバコをふかしていた。
助手席に乗って、ライターを借りてタバコに火をつける。
ライターを返す時、M923はピースサインをこちらに向けてきた。
「なんだ?運送料の取り立てか?」
「二回目」
「なにが?」
「会ったの、二回目だよね」
ああ、そういうことか。
「たしかに、もう一度会ったらとは言ったがな」
「別れてから、もう一度会うまでの時間は言ってなかったよね」
咥えたタバコのほのかな明かりが、彼女の笑顔を浮かび上がらせる。
「屁理屈だ。いいから出してくれ」
「むー、分かったよ。けど、暖気運転したいから少し待ってて」
「わかった」
M923がエンジンをかけると、冷えきったピストンの鈍い駆動音が鳴った。
小刻みな振動の中で、不機嫌そうなM923の横顔を見て考える。」
こいつはどういう意図で、俺に迫ってくるのか。
人間的な関係への単なる好奇心なのか、それとももっと別の意図があるのか。
下らない。所詮は、人工知能が綴るプログラムに従っているだけではないか。
しかし、と思考が逆転する。
しかし、それは人間と何が違うのだろう。人間だって、脳みそが発する命令に従って行動する生き物ではないか。
どこまでが模倣で、どこからが自然なのか、その境界を明らかにすることは誰にできるというのか。
「もう出発できるよ。灰、落とさなくていいの?」
M923の声で我に返った。タバコの灰が今にも落ちそうになっていた。
「ああ、悪い」
タバコを灰皿に押し付ける。くしゃくしゃになった吸い殻を見て、その子に真摯に向き合え、という博士の言葉を思い出す。
「なあ、思ったんだが」
「なに?」
「こんな暗いんじゃ、山道を下りるのはきついんじゃないか?」
「大丈夫、このくらいなら何度も経験ある――」
M923の言葉が途切れる。俺の意図を読み取ってくれているのだろうか。
「そうだね。この施設に宿泊所は無いし、どこかで明るくなるまで待った方がいいかも」
「いい場所があるのか?」
「すぐ近くに、材木置き場があるよ。暗くて狭くて誰も来ない場所だけど、こんな状況なら仕方ないよね」
「ああ、そうだな。仕方ない」
白々しいやりとりだと思うが、これは想定外の危機に備えての退避行動だ。何も問題はない。

軍用トラックが走り出す。デコボコの山道を少し下り、Y字状の分岐点を曲がってすぐの小さい広場に入っていく。
積み上げられた材木の隙間に割り込むように、トラックは止まった。
「それで、何からしたらいいかな?」
「外に出るぞ。ここは狭すぎる」
外に出ると、刺すような寒気が身体に染み込んできた。風が少し吹くだけで、体中に刃物を突き立てられるような寒さで手足がかじかんでくる。
ここは山の中だと認識はしていたが、夜になるとここまで寒くなるとは思わなかった。
「荷台に入りなよ。エンジンの熱でまだ温かいと思うから」
M923と共に、カバーを開けて荷台に入る。
彼女の言う通り、荷台の中は熱がこもっていて暖かかった。カバーで風の侵入を防いでいるのも、その一因かもしれない。
M923は運転席から持ってきた懐中電灯で中を照らしながら、奥の木箱から寝袋を取り出した。
「キャンプが趣味なのか?」
「違うよ。トラックが故障したら待機しなきゃならないからね。非常用ってとこ。今まで使ったことないけど」
M923は寝袋をマットのように敷いて、その上に寝転がった。
「まさかと思うが、寝袋の使い方を知らないのか?」
あまりに堂々としたふるまいだったから、思わず聞いてしまう。
すると、M923はすねたように、
「あのさ、何のためにこんなとこにいるかわかってる?」
ああ、わかってる。答える代わりに、彼女に覆いかぶさるように倒れる。
シリコンとは思えない柔らかさが、唇に伝わってくる。
顔を離すと、懐中電灯でオレンジ色に染まった惚けた顔と、蕩けて曖昧になった緑色の瞳。懐中電灯を消して、暗闇の中、M923の柔らかい体をまさぐっていく。
偽物の身体で行うそれが、生身のものと何も変わらない事に、少しだけ驚き、そして感謝した。

【続く】

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