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ベランダの自然 鳩編「その4」

 4月7日(木)は、普段と変わらず静かな朝を迎えた。

 午前7時。私はベッドから起きて窓のカーテンを開けた。晴れている。風は無く穏やかだ。昨夜、床に就いてから何時間か眠りが浅かったが、いつの間にか深い眠りに落ちていったようだ。
――何も起きなかったのか。
 眠っている間、外は静かだったので、ベランダで巣を作っている鳩と、鳩の雛を攫って行こうとするカラスとのバトルは無かったのだと思った。
念のため、窓を開けてベランダに出て、雛が元気か確認する事にした。ヤツデの葉を除けて鳩の巣を覗いてみると、そこに雛の姿は無かった。

 「えっ? そんな・・・」
雛も、親鳩も居なかった。カラスと親鳩が争った形跡も見つける事が出来なかった。夜が明けてから今までの間に、親鳩が巣を離れた隙にカラスが雛を攫って行ったようだ。私は窓を閉めて眠っていたから、カラスが飛んで来た事も、雛を捕まえて攫って行った事も気が付かなかったのだ。どうやら、昨日の午前中に作業したカラス除けの、黄色と黒の縞模様は効果が無かったようだ。騒ぎが起きたら雛を助けてやろうと思っていたのに、間抜けにも私は眠ったままだった。何だか力が抜けた。カラスとの対決で負けが確定し、しばし呆然とした。

 ベランダで生まれた二羽の雛は、可哀そうに半月程度で命を終えた。私の部屋のベランダで、こんな事件が起きるとは思っていなかった。雛の命を救えなくて残念に思ったが、親鳩も雛を守れなかった。人間が住む部屋のベランダにも自然界の厳しさがあった。

 私は、朝食を摂ってから鳩の巣を片付けた。巣の周りに鳩の糞が2センチ程の高さに積もっていた。それをスコップですくってポリ袋に入れて捨てた。

 日が高くなってきた昼前、私がベッドに座って洗濯物を畳んでいると、部屋の中から窓越しに、一羽のカラスが飛んできてベランダの手すりに停まったのが見えた。カラスは、黄色と黒の縞模様の手すりに停まって、上から雛が居た辺りを覗き込んでいる。
――こいつが雛を襲ったカラスなのか。
 すぐに窓を開けて、
「コラッ!」
 と叫ぶと、カラスは私を見て飛び去って行った。他の雛がまだ、どこかに隠れていないか確認しに来たのだろう。今年、ベランダでカラスを見たのは初めてだった。静かに飛んできて、慌てる様子もなく飛び去って行った。

 小さな命が消えたのに、何事も無かったように穏やかな昼だった。


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