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小説『天使さまと呼ばないで』 第28話
ミカが思い出した口座は、コウタと「いつか子供ができた時のために」という名目でお金を貯めていた口座だ。
その口座には、結婚前の個人口座から50万円ずつと、結婚してからはコウタの賞与のタイミングで、10万円をいれるようにしていた。ミカもコウタの転勤についてくる前、正社員の時には、賞与の中から5万円入れていた。
その貯金が前回の夏のボーナスの時に、ちょうど200万円になったところだったのだ。
(あのお金を使えば、ネックレスが買える!)
勿論、勝手に使うのは良くないことだが、使った分はすぐに全額返せばいいだけの話だ。
(2ヶ月先の冬の賞与までに、全額入れ直せば大丈夫よ、きっと)
もちろん、通帳にその記録は残るので、コウタには絶対にバレるだろうし、普通に考えれば『後から戻せば大丈夫』になるわけはないのだが、この時のミカはあのダイヤモンドの輝きに正常な判断を失い、全て自分にとって都合の良い妄想を繰り広げていた。
(だいたい、私も正社員で働いていた時にお金を入れてたし、私にだって使う権利はあるはずでしょ)
200万円のうち、ミカが実際に入れたお金は70万円ほどだが、ミカの中では『半分の100万円ぐらいは自分のもの』という感覚になっていた。
だから、100万円を使うぐらいは許されるだろうし、そう思えば150万円も大差はないような気がした。
(だいたい、最近は何ヶ月もほとんどセックスしてないし、"子供が産まれた時のため"がいつ来るかなんてわかんないし)
そう思うと、自分が仕事のために必要なあのネックレスを今すぐ買う方が、ずっと有益な使い方である気がした。
ミカは早速、カウンセリングの入っていない翌々日に、デパートに一番近い銀行へと赴き、お金をおろすことにした。
引き出し用紙に記入する際、金額を"15"まで記入したところで、一旦ペンを止めた。
(念のため、多めに引き出しておこうかしら・・)
もしかしたら、プラチナの価格が変動していて、値段が上がってるかもしれない。
(・・後でまた銀行に来るの、面倒くさいしね)
ミカは用紙に大きくペケを書いてからぐちゃぐちゃに丸め、新しい用紙を取り出した。
「"200万円"っと・・・」
窓口の女性銀行員は、ミカが持ってきた通帳と免許証を眺めながら、こう尋ねた。
「今回は、どういった目的でおろされるんですか?」
ミカは唾を飲み込み、こう答えた。
「海外旅行に行くために、必要になりまして」
「そうですか」
銀行員は何も疑うことなく、手続きをしてくれた。
しばらく待ったあと、受け取った200万円は予想よりもずっと重く、ずっしりと感じた。
なんだか自分の背中や肩まで、重くなったような気分だ。
(もしコウタにバレたら、どうしよう・・・)
やっぱり今すぐ口座に戻そうか、でもそんなことをしたら銀行員に変に思われる。
それに・・・
ミカは想像した。自分があのネックレスを身につけて、SNSで見せびらかせば、どれほどの賞賛を得られるかを。
ミカさん素敵!!
天使のモチーフなんてミカさんそのものですね(^。^)
ミカさんによくお似合いです😍💖💖💖
そして、カウンセリングのたびにあのネックレスをつければ、目の前にいる顧客はどれだけその美しさに魅了されるかを。
(大丈夫、後でちゃんと使った分を戻せば、きっとコウタは許してくれる!)
それは、全く根拠のない自信だった。
ミカは、そのまま百貨店内のペリー・ウィルキンソンの店舗へと向かった。
今日はあの時のハンサムな販売員はいなかった。代わりに、40代ぐらいのメガネをかけた女性がミカの接客についた。
(なぁんだ、あの時の販売員はいないんだ・・)
少しがっかりした。あの時の販売員に"商品を買えもしないのに試着した貧乏人"と思われたのではないかと思うと、なんだか嫌だった。今日私が購入することで、あの時の"今はお金がない"という言葉を、事実だと信じてもらいたかったのに。
ミカは取り置き伝票を渡し、このエンジェルのネックレスを購入したいと女性販売員に伝えた。
そして支払いの際、こう言った。
「実は、一昨日来た時に応対してくださった男性の販売員さんがすごく感じが良かったんですけど、今日はいらっしゃらなくて残念です」
「ああ、それはきっとニシムラですね。あいにく、今日は休みでして」
「そうです、ニシムラさん・・よかったら、『あの時はすぐ購入できず、申し訳ありませんでした』って、伝えてくださいます?」
「かしこまりました。お伝えしておきます」
少しホッとした。これで、私が嘘をつく人間だと思われることはなくなっただろう。
ミカは購入したネックレスをすぐ付けて行くことにした。
店を出て、気が大きくなったミカは、そのままデパートの色々なお店を見て回った。
そうして、クリスタル・ブルタンで20万円のパンプスと、CHAMELで30万円のスカートも買ってしまった。
(こうなったら、150万円も200万円も一緒でしょ)
(それに、このネックレスに見合う衣装をちゃんと身につけなくちゃ、ネックレスに対して失礼だし♪)
(こうして有意義にお金を使えば、きっと天使さまも応援してくれて、私はもっと豊かになる気がするわ!)
先々のことは、考えないようにした。というより、考えたくなかったのだ。
ミカは、美しいネックレスや洋服を手にした高揚感の中に、いつまでも漂っていたかったのだった。
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第29話につづく
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