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ピーナッツバターエンジェリー

娘が高校生になったばかりの頃、夫はおにぎり、私が卵焼き、などと分担し、狭い台所で小さなお弁当を作っていた。ひとりで作る方がだんぜん早いのだが、夫としては子どもの弁当作りに関わらないというのはあり得ないらしく、私も今後のことを考えるといいことだと思い一緒に作っていた。

そこへ体の大きな息子や娘が朝食を作りに入ってくる。我が家ではそれぞれが食べたいものを作ることになっているので一番忙しい時間に一番狭い場所へ家族全員が集まってくるのが恒例となっていた。


そのうち、自分の食べたいものは自分で作りたいと思ったのか、娘は自分でこしらえた弁当を持っていくようになった。

ピタパンサンドの時は毎日、本当に毎日、ハムとレタスを入れたピタパンを2つ。ナンの時はナンを半分に切ったものとレタスとハムまたはサラダチキン。両者ともに紙に包んでそのままビニール袋に入れて持っていく。そしてぴっちりとラップで包まれたリンゴ二切れ。ぴっちり包むと色が変わらないんだとか。かわいい装飾は一切なし。放送部に入っているので昼の番組の空いた時間に食べられることが基本なんだと言う。

くるくるパスタ(サラダパスタ?なんて言うのかな、あれは)がお気に入りだった際は毎日弁当箱いっぱいにサルサで和えたクルクルパスタだけの弁当を作った。この時ばかりは栄養とか季節感とか言いたいことが山ほどあった。しかし、もう数年したら親元を離れるわけだし、そうなればなんでもいいから食べていかなくてはならない。毎日同じでも見栄えが悪くてもいい。自分の食べたいものは自分でなんとかする人になって良かったと思っている。あわよくばいつかグルメに育てなかった親に感謝して欲しいと思っている。

今朝、娘はお弁当の準備をしただけで「時間がない」と怒って学校へ行こうとしていた。「5分あるならピーナッツバターエンジェリーがすぐできるよ」と言うとブスッとした顔で「うん」と返事。不機嫌な空気を撒き散らす娘に「ドライヤーの時間を削れば不機嫌にならずに済むんじゃないの」と言いたかったがそこはぐっとこらえて準備をした。

久しぶりに作ったのは「Peanut butter and Jelly」。なんてことはない。食パンにピーナッツバターを塗ってその上にブルーベリージャムを塗ってサンドイッチにしただけのものだ。それを紙で包んでジップロックに入れておしまい。後は水筒にみんなのコーヒーのまろやかブレンドを薄めに入れておまけにつけてやった。結局ブスッとしたまま家を出たが私としてはこれを食べとけば大丈夫、と自信を持って送り出した。

子育ては期間限定、と聞いていたので大事に過ごしてきたつもりだったが、子どもが小さかったときのことって割と覚えてないもんだなあ、と思う。特に心配事や悩みはほとんど忘れてしまった。今となっては思春期の怪獣と同居しているので、私の頭の中はそれどころじゃないのかもしれない。

独り立ちするまであと少し。思春期怪獣たちよ、せいぜい我が世の春を堪能しておくれ。私は私で徐々に空きが出てきた台所での時間を堪能することにしよう。

夕方にはぐしゃぐしゃに丸めた紙の入ったジップロックと娘が帰ってくる。少しは機嫌がいいはずだ。なんと言っても私の得意料理「ピーナッツバターエンジェリー」を食べたんだからな。

では、また。ごきげんよう。