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さっき見た夢のこと:21年1月31日

 営業マンとしてネクタイをしめ私はある大学の薄暗い部屋に座っていた。目の前には生白い陰気な顔をした男が座っている。この男は大学で大きな力を持ったある研究者であり、来年にせまったこの大学の創立百周年を祝う記念誌の発行についても責任を負っている。私は会社の命令で不慣れな印刷物の仕事をこの男に売り込んだのだった。
 昨日はこの男から当社の本事業へのエントリーのために必要な情報をとりまとめて、今日報告するように言われていた。しかし報告できる内容はなかった。私は眠る以外の業務時間を眠っている間に発生したクレームの対応に取られていたし、私の上司も似たような状態だったのである。とにかく私は目の前の男に状況を説明し、いましがた息苦しい沈黙が訪れた、そんな状態である。男は何かを考えているのか、うつろな顔をして自分の顎をなでている。青白い、蝋のような生気のない顔である。男はひとしきり顎をなでると深くため息をついた。
「事情はお察ししますが…私どもにもスケジュールがありまして…」
男はぼそぼそと話しはじめた。
「本来今情報をいただくことになっていたはずです。わたくしは明日からの出張のために、今日中に情報をまとめて大学に報告することを命じられています。今情報がないのならこの仕事のスケジュールがすべて狂ってしまいます。スケジュールが変わって出る損害をあなたは補填できますか?」
 私は男の話しをききながら何か別のことを考えていた。私にとっては大学の百周年も会社のこともあまり興味がなかったのだった。しかしながら損害の補填を私がすることができないのは明白だった。
「申し訳ございません。お詫びのしようもございません。できる限り情報を出すように社の方には指示しているのですが」
男はメガネの奥の皺に囲まれた小さい目をしょぼしょぼと開閉させた。
「大変残念な結果です…ですが今夜はこの後実験の立会があり、夜まで待てます。夜中ですが…24時までに話をまとめてきていただけますか。」
 男はじろりとこちらを見てきた。私は男越しに壁の時計を見た。18時20分を少し過ぎたばかり。
「わかりました。至急対応させていただきます。」私は立ち上がりながら言った。

 私は頭をめぐらせながら外にでた。陽はとうに落ち、あたりは暗い。上司に電話をかけるがつながらない。会社の関係者に状況報告のメールを打って私は歩きだした。会社に戻る気も起きず、ともかく歩いた。今の男との仕事のことと昨夜のクレームのことと昨夜のクレームがなかったらやれていたはずの今日の仕事と今夜見ようと思っていたテレビのことと彼女に連絡をとろうと思っていたこととを順繰り考えてはどれも明瞭な答えが無いような感じがして、何も解決しなかった。思わず独りで唸ってしまう。
私が唸りながら歩いていると通りの向こうに東京では珍しい広い駐車場のあるコンビニエンスストアが見えた。ともかく飯は食わなければいけないのでコンビニに寄ろうかな、と思いながら通りを渡っているとコンビニの駐車場で三人の男が騒いでいるのが見えた。どこかで見たことがあると思ったらビースティーボーイズの三人だった。私がにわかに興奮して走り出すと同時にマイクをにぎった男が大きな声で歌い始めた。私は頭のどこかでビースティーボーイズって生きてたっけ、とか考えながら、しかし沸き立つ興奮に押されて駐車場に駆け寄った。積み上げられたスピーカーから爆音でトラックとラップが流れ出て、それを聞いた人々が続々と興奮して押し寄せ、駐車場は大混乱になった。押し寄せた人の群れの中には学生時代の友人や、地元の友達なんかの懐かしい顔が見え隠れした。興奮した群衆にもまれて踊りながら変な夢だな、と思った。コンビニの店員も躍り出て、ビール缶やホットドッグを群衆に投げ与えた。みんなで楽しく踊っているうちに24時が近くなってきた。私は踊りつかれてコンビニの前に座り込んだ。目の前では昔の友達と昔の恋人が何か楽しそうにしゃべっている。向こうで誰かが殴り合っている。ビースティーボーイズはどこに行ったんだろう。24時の締め切りと男の青白い顔が一瞬頭をよぎったが夢だしどうでもいいか、と思いなおしてビールをあおると眠ってしまった。

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