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須藤凜々花ちゃんがくれた勇気のこと

「私、私、NMB48 須藤凜々花は…結婚、します」
彼女は絞り出すように言葉を繋いだ。6月の土曜日の午後だった。

アカリンが選抜に入るかも知れない。
在宅なりに楽しもうと、コンビニでたくさんお菓子を買い込んで、スマホ片手にテレビの前に陣取っていた。
前の年に生涯の推しメン渡辺美優紀ちゃんが卒業してしまったので、難波DDとしてみんなを応援していた。りりぽん20位!健闘健闘、あとはアカリン…選抜に入るだろうか。そんな風に考えていたら、予期せぬ言葉が耳に入ってきた。

咄嗟に、「おめでとう」とは思えなかった。「どうしよう」「りりぽん、辞めちゃうんだろうか」漠然とした不安と落胆が心を覆った。

どうして大好きな子(しかも同性)が、好きな人を見つけて結婚しますと言っているのに素直に祝福できないのか。その理由は、「恋愛禁止」というAKB独自の不文律にある。

恋愛禁止という「ルール」

AKBは一大ブームを引き起こし、アイドル、運営、ファンからなる巨大なコミュニティを形成した。そこには独自の文化、独自のルールが存在する。「恋愛禁止」はその最たるものだ。
アイドルの恋愛は昔から世間を騒がせるスキャンダルとして扱われてきたが、AKBグループでは恋愛禁止が明確な「ルール」であるとされた。(プロデューサーは徐々に発言を曖昧にしていったが、少なくともファンの間ではそう認識されていたと思う。)
加入前のプリクラ、お揃いに見えるスマホケース、同級生との写真、週刊誌のスクープ…異性とのありとあらゆる接点が取り沙汰され、「ルール違反者」としてネットで叩かれ、運営に処分されたりされなかったりしてきた。

総選挙で結婚なんて言ったらどんなに叩かれるか分からない。また「これだからNMBは」と書かれるのかも知れない、逆風の中りりぽんは辞めざるを得ない、というか辞めるつもりなんだろうか。せっかくNMBを盛り上げてくれると思ったのに。これが不安と落胆の正体だった。

批判は予想以上だった。ネット上だけでなく、ワイドショーでも連日取り上げられた。普段はAKBなんて見向きもしないテレビのコメンテーターたちが、いかにももっともらしくああだこうだと話していた。まとめサイトも、Twitterも、見るたびに落ち込んだ。『2ちゃんねる』のある書き込みを称賛するツイートが回ってきた。

「ミッキーは人前で頭をはずすことはないんやで」

言い得て妙だ。確かに、そうなのかも知れない。でも……。

夢を見せる職業

アイドルは夢を売る職業だ。「恋愛禁止」というルールがあることで見られる種類の夢がある。「アイドルは誰か特定の異性と関係を持たず、ファンを恋人のように思っている」「プライベートを犠牲にして、アイドル活動に打ち込んでいる」そう信じることで、ファンはアイドルを自分の恋人のように親密に感じたり、目に見えるアイドル活動が全てなのだと心置きなく応援したり出来るのだ。多分。

前述のミッキーの例は、つまりこういうことだ。本当は恋人がいるかも知れない、オタクには見せないプライベートだってあるだろう、しかしアイドルは「ファンの皆さんが恋人、アイドル活動が全て」と優しい嘘をつく。オタクは「これは虚構である」と分かっていながら、その夢の世界で楽しむのだ。だから、オタクの前で本当のことを言うなんて野暮なことをしてはいけない。夢を売って立たせてもらった総選挙のステージならば尚更だ。
まぁ分かる。分かるけど………。
アイドルの見せてくれる夢って、そんな風にフィクションを前提とした、刹那的なものなのか?

須藤凜々花というアイドル

先に述べたのは旧来の一般的なアイドル像だ。AKBグループについて何も知らない、本当のところは興味も無いワイドショーのコメンテーターが、それに沿って話すのは当然のことかも知れない。
でも、りりぽんってそんなアイドルだった?

ファンである私たちが一番良く知っていたのではないだろうか。彼女はいつも、馬鹿がつくくらい正直だった。
以下は、急な推され方にネットで枕営業を疑われた時(何だそれ)の彼女のツイートだ。元ツイートは消えているので、彼女の著書から引用する。彼女が結婚宣言をする一年以上前に発売されたものだ。

私は全世界に向けて処女宣言した。
次が、問題の二つのツイートだ。

 操り人形になるのは嫌。
 扱い辛い爆弾で結構。
 大人や権力に背を向けてでも
 私は私のことを私として接してくれるみんなの方を向いていたい。
 そして、みんなと自分に正直でいたい。
 最後の最後まで味方してくれるあなたへ。
#なんつって

「正直者がバカを見ない世の中になって欲しいな。」というツイートに対して、

 バカを見たって枕ぽんと言われたって正直でいますぜ。
 一生懸命、美しい嘘で塗り固めて生きたってどうせ死ぬんだから。
 経験はありません。処女です。

堀内進之介 須藤凜々花『人生を危険にさらせ!』幻冬舎,2016年

これが、ファンの期待に応えるために「優しい嘘」をつくアイドルの姿に見えるだろうか。ちょっとファンが引いてしまうくらい、ストレートな物言いである。
同じ著作の「愛するということ」の章から、アイドルとしてファンに愛されることについて言及している部分も引用する。

わたしの「持っている」「萌え要素」じゃなくて、わたしが「存在していること」それ自体を肯定してほしいな。

堀内進之介 須藤凜々花『人生を危険にさらせ!』幻冬舎,2016年
ファンの皆さんには、永続とは言わないまでも、できるだけ長く、しかも、変わっていくわたしも含めて、それとして愛してほしいなぁ、なんて。

堀内進之介 須藤凜々花『人生を危険にさらせ!』幻冬舎,2016年

彼女が、「ファンの期待に応えるフィクション」としてではなく、「現実に存在する一人の人間として」愛されるアイドルでありたいと考えていたことが分かると思う。

りりぽんはよく、「前と言っていることが違う」ことを理由に「嘘つき」と叩かれていた。しかし、変わっていくのは当然のことなのだ。フィクションのキャラクターの設定はずっと変わらないが、人間は絶えず変化していく。
考え方も、周りにいる人間も、経験の数も変わるのだ。
彼女がフィクションの着ぐるみを着たことは一度も無いと思う。

りりぽんがくれた勇気

彼女はモデルプレスのインタビューで結婚宣言に至った経緯について語っているので、それを念頭に置いてこれからの話を読んでもらいたい。

(前略)自分としてはグループにいろいろ返していかなきゃいけないという思いもありました。元々NMB48のファンだったので、いちメンバーとして人気が出るというよりはグループを盛り上げたいという気持ちが強かったです。

でも、好きな人ができたんです。

こそこそするのはすごく嫌だった。今まで自分勝手にやってたけど、相手のこともグループのこともあって自分だけの人生ではなくなって。

グループとしては好きな人ができたから辞めますというだけでは、今まで応援してくれた人たちに対して全てを放り投げて出ていくことになる。仕事も恋もどっちも誠実じゃない状態でした。

すぐに決断すればよかったけど、できなくて。どっちも好きだから…。

だから爆発するしか無かったんです。

モデルプレスインタビュー,2017.08.29

哲学者を志している。ニーチェの教えに従って、人生を危険にさらそうとアイドルの世界に飛び込んだ。

好きな人ができた。

自分の気持ちを大切にしたい。多くの人を落胆させることは分かっている。それでも自分に嘘はつけない。
果たしてこんな自分に何ができるのか。



結婚宣言のあと、彼女が繰り返し語っていたことがある。

すごく適当なことを言っていいですか。“みんなも自分に正直に生きられるんだぞ!”というのを証明したい。

モデルプレスインタビュー,2017.08.30
応援してくれてるから逆に搾取されるだけじゃ嫌だなと思って。総選挙って見世物じゃないですか?残酷ショーって揶揄されることもある。でもそれだけで終わらないのがAKBだと思う。残酷ショーを踏み台に自分の夢を実現するかの戦い。ファンの方の愛を無駄にしたくなかった。

AKB48のオールナイトニッポン,ニッポン放送,2018.06.13

須藤凜々花の姿を見て、自分に正直に生きる勇気を持って欲しいというのである。ずいぶん勝手な言い分に聞こえるかも知れない。

しかし、私は、彼女が恋を諦めなかったこと、芸能界で消耗する前に引退したこと、今も哲学者を志しているであろうこと、誰にも搾取されず、消費されず、「自分で選んだ道を生きている」ことにとても勇気づけられている。

生きる勇気をくれるアイドルたち

りりぽんだけではない。
人気コスメを次々プロデュースする吉田朱里ちゃんにも、バラエティで活躍する渋谷凪咲ちゃんにも、女性が羨むような美しい写真集を出す村瀬紗英ちゃんにも、着々とミュージシャンの階段を登る山本彩ちゃんにも、次々とファンを楽しませる企画を発表する渡辺美優紀ちゃんにも、アメリカ生活を楽しむ薮下柊ちゃんにも、子育てを頑張る岸野里香ちゃんにも勇気づけられている。

そして、夢を見ている。吉田朱里ちゃんが社長になって自社ビルを建てること。渋谷凪咲ちゃんが全国で知らない人はいないお茶の間の人気者になること。須藤凜々花ちゃんが哲学者になって再び私たちの前に現れること。

フィクションの夢の世界で楽しんでいるわけでもない。自分の叶えられなかった夢を託しているわけでもない。
アイドルが、それぞれの道を邁進する姿を見て、私も私の道を頑張ろうと思えるのだ。彼女たちが夢を一つ一つ叶えていく姿を見て、自分の夢も頑張れば、試行錯誤すれば叶うかもしれないと、信じられるのだ。
「恋愛禁止」の前提が無いと、見れない夢なんかじゃない。現実の彼女たちの、毎日の歩みが、日々を乗り越える力をくれるのだ。アイドルとは、なんて尊い職業なのだろうか。

恋愛を封印して、みんなの理想の恋人になってくれるアイドルも素敵だと思う。アイドルとファンが、信頼関係を築いて、分別を持って楽しめるならそれだってありだと思う。

でも、アイドルが見せてくれる夢はそれだけじゃない。現実の行動で、その「生き様」で、私たちに夢を信じる力と前に進む勇気をくれるアイドルに、今日も生かされている。

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