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ナナハン物語(猫殺し)第二話 1970年代を生きる少年達、ナナハンは少年の唯一の力だった。

真夜中のバトル
 高木と亜子さんはルート20号を二人乗り(タンデム)したナナハンで走っていた。
高木は亜子さんが言う「奥多摩の幽霊バイク」、学校でも噂にはなっていたが、深夜にそんな場所に行く事も無いので、気にもとめてなかった。それより後ろのバイクが気になる。

「ねぇ! 奥多摩の幽霊バイク、見に行かない!」また風の音にまけないくらい大きな声で亜子さんが言う。
「ゴメン、問題発生だ」
「問題?」

レッドのスイングトップと同じくレッドタンクのバイクがルート20号の明るい水銀灯の下に見えた。これはミツレッドタンクCB500だ。
ミツは高木の中学の同級生で、喧嘩で高校中退とか、いやな噂しか聞いてない。

バイクは次第にバックミラーの中で大きくなってきた。極端な絞りハンドル(走っている車の間をすり抜けるためハンドルを内側に絞って車幅をせまくしている)、ハンドル幅は30cmだ。

前面につけた風防には魔太郎のイラストがあるブラックエンペラーのシールが貼ってある。高木はあの絞りハンドルでよく運転できるなと感心する。バイクが暴れたら押さえは効かないはずだ。
高木は腹を括った。そして亜子さんへ声をかけた。

「亜子さん、あのさぁ、ちょっと飛ばすかから、しっかり抱きついて」
「え!」
「そうしないと怪我するから、よろしく!」
「うん」亜子さんは高木の緊張を察したようだ。巻き付いた腕に力がこもる。

ミツのバイクは信号無視を繰り返し、ついに高木の横に並んだ。
身体が接触するほど近づいてきた。高木の顔を覗き混むように顔を傾けてミツが叫ぶ。
「おい、お前、女なんか乗っけて、どこいく!」相変わらず品のないやつだった。
高木が無視すると、「おい、聞こえてんのか!」足が出た。
そんなのはお見通しだ。高木は素早くハンドルを切ってよける。

「あれ、お前、高木か!」
ミツはやっと気づいたようだ。その瞬間、高木はナナハンを一気に加速させた。急な加速で前輪が浮く。
「もっとしがみついて」

高木は素早くシフトアップしさらに加速した。前を見ると道路の右側に普段よく使う抜け道があった。高木はその道に素早く入り込んだ。この道は4車線のルート20と違い、2車線で狭い。道に入るとライトを消した。 

しばらく走ってからライトを点けた。道幅が狭いので、この速度では危険だ。後ろに亜子さんを乗せていることもあり、速度も少し落とした。
バックミラーを見ると。ヘッドライトが見える。まだミツはついてくるようだ。

前を見るとトラックのライトが見えた。さらに速度を落とし、リアブレーキを思い切り踏んだ。

「きゃーっ」亜子さんが小さく声をあげた。後輪がスライドする。その時ハンドルを右に切り、ブレーキターンをする要領で重いナナハンを反対向きにした。そして反対車線の脇にナナハンを止めた。

トラックは、ぎりぎりの間隔でナナハンの脇を抜けていった。
高木はすぐにバイクを発進させトラックの後ろにへばりついた。
トラックに塞がれて前は見えないが、前からヨシムラの集合マフラー(4気筒の4本のマフラーを1本にしている)の音がする。

待つ間もなくミツのCB500がトラックの脇を危険な速度ですり抜けっていいた。バックミラーで遠のくミツを確認した高木は、トラックを右から追い越し、ライトをハイビームにし、前に車がいないことを確認する。そしてナナハンを加速させた。 

同級生のミツ
 ミツは高木が中学校のサッカー部にいたころのライバルで、練習中に1度かなり激しく高木が削ってしまい、怪我をし1ヶ月程度休部した。
その間、高木がレギュラーとなり、あいつはサッカー部を辞めてハンドボール部へ移った。そこで活躍はしていたが、まだあの時の恨みが残っているようだ。

高木は、後ろを気にしながら、しばらく走った。どうやら追従するバイクはいない。
ミツの馬鹿から逃げられたようだ。でも用心に越したことはない。
「ここから離れたいから、あのラーメン屋でいい?」と高木は言った。
「いいともー!」明るく亜子さんが答えた。
 
 ジミー・ペイジのラーメン
 世田谷通りの祖師谷を過ぎた辺りで、高木は大分気分が落ち着いてきた。となると今度は背中に神経がいく、亜子さんの胸がまだ押しつけられている。
「ねぇ、高木くん」信号で止まった時、亜子さんが訊いてきた。自分のいやらしい気持ちが伝わったのかと高木はびくついた。
「えっ、なに」
「なにあわてているの、それよりあのバイクは誰?」
「あいつか、面倒くさい奴だから、知らないでいいよ」
「ふーん、高校生も色々と問題を抱えているのね、ふふ」笑われた。
高木と亜子さんは1つしか違わない。でも高校生と大学生の間の壁はとてつもなく大きかった。

斎藤くんの家「斉藤クリーニング店」の近くの路上に何時も深夜0時過ぎに屋台のラーメン屋が出ている。
高木達は「ジミー・ペイジのラーメン屋」と言っている。

斉藤くん家の前にバイクを止めて高木と亜子さんはそのラーメン屋の屋台、レッドツッペリン号の長いすに座った。
「おなか、すいたね」亜子さんが言う。
「俺も腹ぺこだ」

ラーメン屋の店主は、通称ケンさん、そして自称ロックギターリストだ。
高木はチャーシュー麺の大盛りを頼んだ。亜子さんは普通のラーメンだ。ここのラーメンは和風醤油味でとても美味い。
ただケンさんは顔が怖い。体格と顔つきが新日プロレスのストロング小林に似ている。声もドスがきいている。

そして何時も足元に置いてあるラジカセからはレッドツェッペリンの曲が流れている。今日は「移民の歌」だった。高木は食欲をそそる曲ではないと思った。

「あいよー、あれ亜子ちゃん、今日は彼氏が違うね」ケンさんの軽口に高木はどっきりした。亜子さんは彼氏がいるのか。
「なによ、斉藤のこと、あんなの彼氏じゃないよ」
ケンさんは派手に笑う。高木は当然だろうと思った。

「で、高木くん、話はもどるけど、奥多摩の幽霊バイクの話」亜子さんが言った。
「ラーメン食べてからでいい?」
「だめ、今聞いて、そして食べながら考えよう」 
      
奥多摩の幽霊バイク
 亜子さんの話だと、最近、大学の同級生、女の子がその噂を聞き、土曜の夜、バイクで彼氏に奥多摩へ連れていってもらったそうだ。そして事故った。
彼氏は即死で、彼女も重傷を負ったそうなのだ。

「あのさぁ、あそこのトンネル辺りの道路はコーナがきついし、道路も穴ぼこが多い、よく転ぶよ」と高木が言う。
「待って、まだ続きがあるの、次の土曜の夜、彼氏の友達が、弔い合戦みたいな気持ちで、彼女を連れてタンデムで、事故の起きた場所に行ったのよ、そして・・」亜子さんに少し迷いがあった。

「そして?」
「その後、行方不明なの、二人も恋人同士だから、結構やばいいんだよ、心中とかあるからさぁ、家族が捜索願いだすとか言っているし、ねぇ何かおかしいと思わない?」とその時、突然高木の首筋に息が吹きかかった。
「ひぇー!」

驚いて振り向くと斉藤くんが、背後霊のように高木の後ろに立っていた。
「バイト、早く終わった。ケンさん、ラーメン1つね」

亜子の横に座った斉藤くんは、その話を受けて続きを話しだした。
「実は、そのあとから行った二人、俺のバンド仲間の知り合いで、何度かセッションもしたこともあるやつらだ」そこまで言うとケンさんのラーメンが完成。

「はい、チャーシュー麺の大盛りとラーメン」
高木と亜子さんの前にラーメンが並んだ。そのとたん、斉藤くんが高木のチャーシューを手で掴み口に運んだ。
「こらっ! やめろよ」
「俺、バイトで腹が減ってんの」
亜子さんとケンさんが笑う、そして、奥多摩の幽霊バイクの話はそこで終わってしまった。

奥多摩街道のトンネルと猫殺し
 高木と亜子さんと斉藤くんがラーメンを食べている頃、午前1時過ぎ、奥多摩街道の静かな峠道に3気筒2サイクルの爆音が響く、黄金色のマッハ3だ。走り過ぎた後に白い排気煙が飛行機雲のように残っている。
軽快にワインディングロードを駆け抜ける。

そして黄金色のマッハは奥多摩の幽霊バイクがでるという真っ暗なトンネルへ向かった。
そのバイクのライダーは246で派手に転倒した猫殺しだった。


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