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人生初のサイン会

 人生に推しがいないまま生きてきたわたしは、「サイン会」というものに行ったことがなかった。この度、初めて作家さんの(いや、そんな軽々しい呼び方はいけない。芥川賞受賞の大先生なのだから…でも親しみをこめてここでは作家さん、と呼ぼう)サイン会に行った。朝少し寒くて、お昼から暖かくなる、青空の美しいお休みの日。わたしにとってその作家さんのサイン会は、少しモノクロームの、静かで穏やかなひとときだった…

 東京の某大型書店。開催時間の45分くらい前からもう既に10名くらいの人が並んでいた。女性はわたしが最初。どんどん人は増えて、列はコの字型になっていった。

 宛名を希望する人は整理券のカードに名前を事前に書く必要があった。迷ったけれど(ここで5分は考えた)フルネームではなく名前だけ書いていただくことにした。いいのかな、わたしの名前を書いてくださるの?すごいな…。

 係の人が言う。「あと5分ほどで、こちらのエレベーターから出て入場されます。盛大な拍手でお迎えください〜」みんな本を手に、エレベーターのボタンを見つめる。不思議な一体感だ。あ、光った、でも早くない?… ベビーカーだった。それが2回くらいくりかえされた。あ、今度こそ…

 写真の時と違い、眼鏡をかけた作家さんが降りてきた。後ろに5人ほど。拍手をいっぱいにした。ほどなくサイン会が始まった。

 ドキドキ…

 一生懸命、という感じでサインを書いていらっしゃった。そして受け取る側は一人ひとり恭しくおじぎをしていた。さぁ、わたしの番だ。

 名前をじっと見て、ふと顔を上げ、おっしゃった。「○○子様へ、がいいですか?○○子さんへ、がいいですか?」

 うゎ、話しかけはった!

「あ、〜さんへ、でお願いします」

 か、会話が!お声が聞けた!すごいな。話しかけてくださるなんて!

 こうしてあっという間に人生最初のサイン会は終わった。お身体に気をつけてがんばってください、と言いたかったけれど言えなかった。いつものわたしだった。

 わたしの名前が丁寧に書かれたサイン本はほんとうに特別な一冊になった。書店の外に出ると空は青く、暖かく、春が近づいているのがわかった。帰りの電車でそっと開く。もったいない。ゆっくり読もう。読む前からお話が終わってしまう時が悲しくなる。

 本のページには必ず最後がある。でも、あのモノクロームの静かな時間は、わたしにとって永遠だと思っている。ありがとうございました、と心から思う。

スタンプがすてき




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