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禍話リライト:呼ぶビデオの女

大学2年の夏休み。
サークル仲間のひとり、A君が
「ゴミ屋敷になっちゃってるから悪いけど手伝ってくれないか」
と、親戚の家を片付けるバイトの話を持ってきた。聞けば、報酬もけっこう良い。サークルのメンバー7~8人で行くことになった。

バイト当日、朝集合して到着したその家は一軒家。思わず「これ全部!?」と戦々恐々としたが2階建ての2階部分だけだとのこと。A君から順に玄関に入ると1階の居間から老夫婦が出てきた。「よろしくお願いしますねー」と迎え入れてくれたが特に何の説明もなく、2階に上がった。
その階段の途中からゴミが散らかっているのが見える。さっそく目についたゴミから拾い集めていき、2階に着くとすぐ洗面所があり、そこもかなり汚れていた。カビか何か、黒ずんでいる。メインの部屋も想像通りゴミがうずたかく積まれ、人ひとり寝るスペースと、テレビがあったぐらいであとはもう酷いありさまだった。とにかく片っ端からどんどん分別していった。

テレビ付近からは、ビデオテープの山が出てきた。ビデオデッキもある。映画やアニメのセルビデオもあったが、自分で録ったらしい手書きのラベルのビデオもたくさん出てきた。
ほかにも、もしかしたら売れそうな状態の良い本なんかも出てくる。
「けっこう綺麗な本とかあるけどこういうのは?」
「ここにいた○○さん、もう死んでるから、捨てていいってよ」
あ、そうかなとは思っていたけどやっぱり亡くなってるんだ…
「良いの?その、遺さなくて…」
「なんかさ、1階の奥の部屋に○○さんの中学までのアルバムとかはとってあるらしい、だからもういいんだってさ。」

欲しいのあったら持って行ってイイよ、とA君は言ったが、やはり若干気味が悪いのでバンバン捨てていった。「もういいんだってさ。」の感じから、あまり詳しくは触れてほしくないのかなとも思ったので、黙々と作業を続けた。

夕方頃、やっと見切りが付いた。あとは大人数でなくても片付けられるレベルまで綺麗になり、報酬もきっちりもらえた。A君はそのまま親戚の家に残り、あとのメンバーで近くの銭湯に行ってサッパリしたあと、飲みに行った。店を出たところでひとりが「大学のサークル室で飲み直さねえか?」と言う。

「俺さあ、裏ビデオっぽいの見つけてさ、持ってきちゃったんだよね」

鞄から1本のビデオテープを取り出した。そのビデオのラベルには
【◎月◎日 / △△(地名) / ラブホテル】と書いてある。
「田舎のホテルは壁だか鏡だかにカメラが隠されていて…、ていう都市伝説あるじゃん!これ、そういう盗撮系のエッチなやつじゃね?」

一瞬うわっ…と思ったが、親戚であるA君も今はいないし、アニメ研究会のサークル室に確かビデオデッキがあったはずだ。酔った勢いもあり、みんなで観てみよう、ということになった。

サークル室にて、さっそく再生する。
撮りっぱなしの映像ではなく編集されているようで、でも荒くブツ切りされていて、素人の編集に感じた。ザー、という砂嵐のあと、
【◎月◎日 / △△(地名) / ラブホテル】
と書いてある画用紙を持った人が映った。顔こそ映っていないが、見切れた服装や髪型で女性だとわかった。
ふたたびザー、と砂嵐が映り、今度は廃墟が映し出された。
「はい、これが、ウワサのホテルなんですけど」
「なるほどこれですねー」
画面には映っていないが2人の男がしゃべりながら、廃墟を探索しだした。それは昔のハンディカメラで撮ったような廃墟マニアの探索ビデオに見えた。

廃墟の1階を入り口から順に探索していく。途中で、男のひとりが「2階建てのはずなんだけど2階に行く階段がない」と言い出した。いったん外に出て2階を映し、ふたたび1階の内部を映すが、確かに階段が見当たらない。
「何かがあって、どっかのタイミングで階段つぶしちゃったんですかね?」
「怖いねえ」
そんな会話を挟みつつ1階奥の客室に進む。ほかの部屋に比べて広そうな部屋で、ベッドがそのまま残っていた。そのさらに奥にはくもりガラスのバスルームがある。
おかしなことにこのバスルーム、くもりガラス越しに浴槽っぽいのは見えるが、部屋の中から行くことができない。扉も、開きそうなドアノブも仕掛けも見当たらない。
外の窓から見てみよう、といったん外に出て建物を回り、草がぼうぼう茂った裏手に行くと先ほどのバスルームの窓があった。しかも、その窓が開き、難なくバスルームに入ることができた。
いたって普通の浴槽がある。さっきのくもりガラスはマジックミラーの要領でさっきいたベッドのある部屋の中がクリアに見えた。
男のひとりが
「まあ、特に変わったこともな…」
話が止まった。
映り込んだ室内のベッドに、さっきはいなかったはずだが背を向けて座っている人がいる。たぶん女だ。古いビデオの荒い映像だからか、すこし震えているように見える。カメラは、その女をアップで映しかけて、止めた。
映像の中のふたりの男は、肉眼で見えているのだろう、ウワーッと窓から外に逃げ出した。そして、同時に「え?」とつぶやいて止まり、振り返ったようだ。そしてまたウワーッ!!と叫び、茂みの中をガチャガチャ映し出しながら逃げ出した。

ザー

そこで映像は止まった。
「…なにこれ?」
「まあ、ある意味裏ビデオっちゃ裏ビデオだけど…」
「これ創作?」
「いやフェイクだったらもっと、最後に女がバーン!と出てくるとか、もっとなんか演出あるだろ」
「でも…フェイクであってほしいよな」
メンバーのひとりがこう続けた。
「最初に女出てきたじゃん、服の色、髪型、部屋の女と同じだよ。フェイクじゃなきゃおかしいじゃん…」

その時。
廊下から名前を呼ばれた。
『よしあきー』
メンバーのひとり、よしあき君は俺の名前が呼ばれた!?と戦慄した。ところが同時に他のみんなも全員「え!?」と一様に驚いていた。
みんな別々に、自分の名前を呼ばれたという。
たかし君は『たかしー』、よしき君は『よしきー』と、それぞれ聞こえていた。勢いで廊下に飛び出したが誰もいない。年齢不詳の甲高い声という印象だけは共通していた。
「これはもう怖すぎる。朝までみんなでいよう」
誰ともなくそう決まったが、中田君だけは全然騒いでいなかった。
「俺、呼ばれなかったけど」
とひとり冷静に言い放ち、
「明日朝からバイトなんだよね。そろそろ帰ろうと思ってたからさ、悪いけど帰るわ」
この状況で?怖くないの?とみんな思ったが、
「まあ、バイトならしょうがないね…」
「中田君のアパート、大学から近いし、何かあったら電話しろよ」
と、そのまま送り出した。

さらにイヤだったのは、テープを出したところ、きっちり巻き戻っていたことだ。勝手に巻き戻っていたなら怖いし、誰かが無意識に巻き戻しを押していても怖い。もし再生したらまた、冒頭の女が映ってしまう。
残ったメンバーは音楽を大音量でかけ、大声で歌ったり酒をあおってやり過ごした。

ワーッと騒いではいるが、実は曲の合間合間に、名前を呼ばれていた。
それぞれが、自分の名前を。
次第に疲れてきて、テンションも途切れ、ひとりがこう言いだした。
「正直、、いるよな。まじでどうしよう…」
更に、ドア付近に座っていたメンバーが、ドアのすぐ向こうから一度だけ

『たしかめなくていいの?』

と言われたらしい。
何を?ビデオを?それともあのA君の親戚の家のこと?

すると今度は別のメンバーが「やべっ」と言う。
「中田からめっちゃ着信来てた」
騒いでいたから誰も気づかなかった。時間はもう2時を過ぎていたがとりあえずすぐ折り返し電話をかけると、中田は普通に出た。
「…え?いや違うじゃん。…うん、うん。…いやそうじゃないって」
何やら中田ともめだした。
「中田が、今日俺らと一緒に行動してないみたいなこと言いだしてる」
部屋を片付けるバイトは確かにみんなと行った。でもそこからそのまま帰ったと言い張っているらしい。そんなわけない、銭湯行って酒飲んで、さらに大学に来て、と説明するが、中田は冷静に
「行ってないって」「だから、行ってないよ」
と続けた。

「大学行ってないし、テープも見てないよ」

語るに落ちたな。テープの存在を知っているのは大学に来た者だけだ。
ほらな、と言いかけたが、中田の様子がおかしいのが気になる。声が震えてる?

「名前呼ばれてもないから 全然」

それはもうここにいたことを認めたようなものだったが、声の聴こえ方がおかしいような気がする。

「大学行ってないし、テープも見てないし、名前呼ばれてない。だからキジマさんが俺の部屋にいるわけないんだよね」

聴こえ方がおかしいのはスピーカー設定で話しているか、もしくは、中田以外の誰かが電話を持って話しているのか。
…キジマさんて、誰?

「もしもし、中田、おまえ、本当は…」と言いかけた時に、電話の向こうから『○○○ー』と、あの甲高い声が中田の下の名前を呼ぶ声が聞こえた。
中田は続ける。
「おれは、大学に行ってないし、テープも見てないし
『○○○ー』

ウワッ、と思わず電話を投げた。
「これ…助からない」
たぶん中田の家にいる。『たしかめなくていいの?』は、中田のことだったのか?中田の様子がどうしても気になり結局みんなで中田のアパートに向かった。階段を上がると中田の部屋の玄関ドアが開いているのが見えた。
「中田!大丈夫か!」
中田は部屋の奥に座っていた。もう切れている携帯を前に置いたまま、
「だから、おれは、だいがくにもいってないし」
と話し続けていた。

気づくと中田の部屋に入ってきたのはひとりだけだった。あとのメンバーはさっき上った階段のところまで逃げている。
「…お前、よく入れたな」
聞くと、玄関に女ものの靴があるのに気づいて逃げ出したらしい。
半ばやけくそ気味に「今もうそんな靴無いから!!!」と全員を呼び戻して、中田に水をぶっかけたりしてどうにか意識を取り戻させた。


みんなが見た靴は、それぞれヒールの靴だったりブーツだったりと違う形の、でもパッと見て女性ものとわかる靴だったという。
「でも、靴が無くなってたってことは、出てったんだよな。玄関から外に出て、階段しかないんだから、みんなの横を通って行ったんじゃないの?」
するとひとり、こうつぶやいた。

「階段に逃げてた時、通りすがりに女性っぽい香りがした気がしたんだ。
…怖いから言わなかったけど」


※この話はツイキャス「禍話」より、「呼ぶビデオの女」という話を文章にしたものです。(2020年11月21日 禍話X 第五夜)


この話を聞いた時、「禍話」語り手のかぁなっきさんは、夜11時頃に自宅玄関の外から、でも外よりぐっと近い声のボリュームで、下の名前を呼ばれたそうですよ。一瞬お母さんかと思うような、女性の声だったようです。

(2020年11月21日 禍話X 第五夜冒頭 「呼ばれた話」より)

禍話二次創作のガイドラインです。


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