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禍話:はじまりのベル

あまり大人数の集まりには参加しないタイプの、ちょっと引きこもり気味のAさんが大学生の時に遭遇した出来事の話。

Aさんは大学生時代、今とは違って明るく人付き合いも多くて、誘われた飲み会にも二つ返事で参加していた。その日行った飲み会もそこまで親しい人はいなかったが、その中にいた同じクラスの山田さんと仲良くなった。

今までは同じクラスでも名前を知っているだけ、ぐらいの間柄で普段の活動でも接点は無かった。ところが話してみると妙にウマが合い、ごはんに行ったり買い物に行ったりするようになり、お互い一人暮らしのマンションが近かったこともあり家に遊びに行くような仲にまでなった。

ある日、遊びに来た山田さんがちょっと暗い雰囲気だった。楽しく会話しているもののうわの空で、ときどきふとうつむいてしまう。
「今日、どしたの?」
Aさんがたずねると、山田さんが重い口を開いた。
「今朝、寝てたら、明け方ぐらいにベルの音で目が覚めたんだよ。ジリリリリリリ…って」
「火災報知器?大丈夫だったの?」
「寝ぼけて外に出たら、ウチのマンションじゃなくて、2こ向こうぐらいのマンションの前にちょっと人だかりが出来てて」

どうやら山田さんのマンションの2つ向こうのマンションでベルが鳴ったようだ。どんな人が住んでいるか知る由もなかったが、そこにいたのは女性ばかりだったという。みんな不安げに建物のほうを見ていたそうだ。

「まあ、ウチじゃなかったし、申し訳ないけどホッとして、すぐ戻って寝ちゃったんだ」

該当するマンションはおそらく今いるAさんのマンションからもほど近いはずだがベルの音はおろか消防車やパトカーが来た覚えはない。ネットですこし地域の消防出動の情報など調べてみたが、出てこなかった。
そもそも、そんなことがあったからといって山田さんは何故浮かない顔をしているんだろう?Aさんは続けて聞いた。
「…で、どうしたの?」
「それがさー、後で思い返すと外にいた全員が同じジャージを着てたんだよね」
「そんなわけなくない?体育大とかこのへん無いし」
「そうだよねー、気のせいだよね」

その日それから山田さんはあまり長居せず、すぐ帰ってしまった。
たとえその人たちが揃いのジャージだったとして、Aさんは山田さんが沈んでいる理由がいまいちわからなかった。

2~3日後、山田さんから電話があった。どうも2つ向こうのマンションで、人が死んでいたんだという。山田さんは
「その死んでいたって人、高校の同級生だったの」
と言い、Aさんはなんと言葉をかけてよいかわからず、やんわりと大学の話に話題を変えたりしたが何度違う話に持っていっても
「そうそう、…で、その死んだ子、高校の時同じクラスでね…」
と話が戻ってしまう。Aさんは山田さんが病んでしまうのもわからなくはなかったがもうその話はいいよと内心思ってしまった。
すると山田さんは
「そういえばこないだ朝見た人たちのお揃いのジャージ、あれウチの高校のジャージだった」
と言い出した。Aさんは(同じ出身地の人が同じマンションに大勢住んでいるわけないだろう…)と思い言葉に詰まっていると
「ありがとう」
と山田さんに言われて一方的に電話が切れた。

しばらくして大学はテストの期間に入った。持ち込み可だがコピーはNGのテストがあり、Aさんは授業のノートを持っている山田さんに写させてもらおうと思い連絡した。実はあの病んだ電話以降、あまり連絡は取っていなかったので山田さんと会うのは久しぶりだった。

バイトだなんだで結局夜になり、山田さんのマンションに行った。
玄関に山田さんが出てきてくれ、ごめんね~こんな夜に、とプリントを受け取り、その場で少しテストの内容を確認しあった。

その流れで突然山田さんが
「○○はさー」
と、Aさんが知らない人の名前を口にした。
「○○?さん?って誰?」
「あ、こないだ死んだ子の名前」
うわ、まだあの話するんだ…と面食らった。山田さんは「○○が大学にいたの知らなかった」「なんで私に教えなかったのかな」「高校の時は楽しいヤツでさあ」と話し続けている。

Aさんは思わず黙ってしまった。そもそも玄関先だけで遠慮していたのは山田さんの部屋に人の気配があったからだ。どうも誰か来ているようで、靴もなんだかたくさんあるし、…と足元の靴をもう一度よく見ると、並んでいる靴は全部高校の時に履いていたような上履きだったのでギョッとした。
5~6人分はある。
でも、最近買ったように新しい。

Aさんはおそるおそる
「あの、今日誰が…」
────来ているの?とたずねようとしたその矢先、部屋の奥から全然知らない人の声で
「あたしのせいじゃないよ」
と言われた。山田さんが
「学級……」
と言いかけた途端、Aさんはもうこれ以上聞いちゃいけないと咄嗟に思い、プリントやらノートやら玄関に投げ置いて走って逃げだした。

学級会、と言いたかったのだろう。

テストは結局違うクラスメイトにノートを写させてもらってなんとかした。テスト期間もその後の授業も全部、山田さんを避けた。近くの席に座っている気配はあった。視界の端にもなんとなく山田さんの存在はとらえていたが、一切そちらを見なかった。
山田さんは確実にこっちを見ている。
おそらくまだ、話の続きをしようとしている。

Aさんは山田さんに会うのが怖くなって、クラスの飲み会やちょっとした会合には全く行かなくなった。一緒に買い物に行った店や、ごはん屋さんや、人ごみにも山田さんがいるんじゃないかと怯えるようになった。次第に交友網も狭まり、Aさんは滅多に人の集まるところには行かないようになって、現在に至る。

この話を聞いたOさんは気付いた。
あのベルの音は火災報知器ではなかった。
授業開始のベルの音だったのかと。



※この話はツイキャス「禍話」より、「はじまりのベル」という話を文章にしたものです。(2023/06/24禍話アンリミテッド 第二十三夜)

禍話二次創作のガイドラインです。



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