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禍話リライト:本当の家

大学生のA君は、いつも遊んでいるメンバーの4人と「夜ドライブに行こうぜ」と約束していた。

ところがその夜に限って、普段めったに風邪もひかない元気な彼女が熱を出して寝込んでいた。珍しく熱が出て弱っている彼女を放ってはおけず、看病してあげるためドライブはキャンセルし、彼女の家で付き添うことにした。
「おまえらより大事な用が出来たんだ」
とイケボで言うと、4人は笑ってドタキャンを快諾してくれた。

幸い彼女は一晩寝たらすっかりよくなった。

次の日の昼ごろには彼女の家を出た。
(あいつら昨日ドライブどこ行ったんだろ?)と思いつつ、買い物に行くなどして夕方帰宅した際に玄関の郵便ポストを確認した。電気料金のお知らせやチラシ…それ以外に何かある。

髪の毛だ。
束、とまでは言わないがむしり取ったひと掴み分ぐらいの量、先端に毛根が残った状態の、傷んだ髪質の髪の毛がごっそり入っていた。いたずらにしては気持ちが悪い。ティッシュでつかんで片づけるとうっすら血がにじむぐらい乱暴にむしったような髪の毛だった。

自宅に入り、一息ついたのち晩御飯の支度をしていると、ドライブに行ったメンバーのひとり、相田君から電話があった。
「もしもし?どうしたの」
「おお、A。あのさ、昨日のドライブなんだけどさ」
「あー、結局どこ行ったの?面白かった?」
「おばけ屋敷に行ったんだよね」
『おばけ屋敷』―――要は廃墟に肝試しに行ったようだ。この辺にそんなスポットあったかな?相田君がこうつづけた。
「なんかさ、そこで写真撮ったら変なの写ってるっぽいんだよね。今から行くからさ、ちょっと見てくんない?」

ほどなくして相田君が家に来た。
A君が出したお茶を飲みつつ、相田君はおもむろにデジカメを見せてきた。
明かりもない場所でフラッシュもたかずに撮ったであろう全体的に暗いその写真には、古い家の雨戸が閉まっていて草がぼうぼうに生えている庭が写っていた。その庭の真ん中ぐらいにぼんやり人がいる…ように見える。

「え?これのこと…?まあ人に見えなくもないけど、でっかい石とかじゃないの?なんかの影がそう見えるとか」
「俺もそうかなと思って、同じところに立って撮ったんだよ。それがこれ」
と、2枚目の写真を見せてきた。
今度は同じ場所で相田君が気をつけの姿勢でこっちを向いて立っている。

A君は(よく同じところに立てるな…)とは思ったが、2枚を交互に比較してみるとたしかに石などは無い。人に見える部分は気をつけで立っている相田君よりだいぶ小さいので、人がこちらに背を向けて庭に座りこんでいるように見えた。

「不思議だな、怖いなあ。おはらいに持ってくとかしたら?」
とA君が言うや否や、相田君がデジカメを見て「あれっ?」と声を上げた。
「2枚しか撮ってないはずなのにもう一枚写真がある」
見せてもらうと、撮った覚えがないという3枚目は相田君の顔のアップの写真だった。さっきの2枚目の直後に撮ったようだ。
「こんなの撮ってないよ…つうか俺の顔、ひきつってねえか?」
「ほんとだ…そういやほかの3人には写真見せたの?」
「いや、それがまだ…検証だって言って吉田に撮ってもらったんだけど写真自体は見せてなくて。この3枚目、吉田が撮ったかちょっと電話して聞いてみるわ」

相田君はすぐ、写真を撮ってくれたという吉田君に電話をかけた。
なかなか出ないようだ。
「もしもし?あれっ…えっ」
やっと出たと思ったら吉田君ではない、知らない年上の人が出て「立て込んでるんです」と言われて一方的に切られたという。
「……知らない声だったけど、家族の人とかかな?」
「まあ、たぶんそうじゃない?よくわからないけど立て込んでるって言うなら仕方ないね」
「じゃあ、鈴木に電話するわ」
ドライブの時に運転してくれた鈴木君に電話をかけるも、出ない。いつもはわりとすぐ電話に出てくれるのに、おかしい。鈴木君は着信に気づけばすぐ掛けなおしてくれるはずだが…。
相田君は気を取り直して最後の一人、山形君に電話した。
「もしもし?あれ?もしもし?」画面をちらり見る。
「つながってる?もしもし?」
山形君の電話は、出たのに無言が続いた。画面を見ると秒数は進んでいるのでつながってはいる。するといきなり大声で
「始めたのはおまえじゃないか!!!!!!!!!」
と言われ、電話が切れた。
電話口で突然怒鳴られ、相田君はただ驚いていた。

「なにそれ…山形君、大丈夫なん?俺もかけてみるよ」
と、今度はA君から山形君に再度電話をかけたが、出ることはなかった。

相田君はふだんあまり携帯メールをチェックする習慣がなかったが、ふとメールアプリを見ると昨晩のうちに3人からメールが来ていたことに気がついた。
「おい、見ろよ、これ」
メールには3人とも写真を添付していた。
それは先ほどの『おばけ屋敷』の庭で、相田君と同じ立ち位置で3人それぞれが撮った写真だった。メールが送られている時間を確認すると、写真は相田君と別れた後にもう一回屋敷に撮りに行っているようだ。

そもそも、いつもドライブに行くと自宅の位置的に相田君が一番先に降りて帰ることが多い。昨日の夜も相田君が最初に降りて帰った。
おそらくその後3人でわざわざ戻って撮ったのだろう。

みんながなんとなくおかしくなっているような気がした。A君は内心(行かなくてよかった)と思ってしまった。そして何の理由もないがこのタイミングで何故か無性に気になって、玄関ポストを確認しに行った。
髪の毛がまたちょっと入っている。
さっきより多くはないが、同じように荒々しく抜いた状態の髪の毛だ。
(俺はおばけ屋敷行ってないのにな…)

髪の毛については何もせず、A君はすぐさま相田君のもとに戻って何事もなかったように会話を続けた。
「親御さんとかどっかのお寺とかに相談したら?」
「そうだよな…俺が紹介した家だから責任感じるわ…」
相田君が紹介した場所だったのか。A君はお茶のおかわりを取りに行こうと立ち上がった。
その時、相田君の後頭部が視界に入った。

髪の毛をむしったような跡がある。
その部分だけ丸く頭皮が見え、赤くかさぶたになっていた。

A君は途端に怖くなった。「おっと、彼女からメールが…」などと適当なことを言って、相田君には帰ってもらった。


それから3日後。
A君はずっと気味が悪かったので4人の誰とも連絡をとっていなかったが、彼女と歩いていると相田君以外の3人にばったり会った。
「おお、3人とも大丈夫だった!?」

3人ともすっかり普通だった。ただあの家に行ってからの記憶があやふやで、精神的に参ってしまいこの3日間はそれぞれ家でゆっくり休んでいたそうだ。携帯を確認すると相田君にメールで写真を送っている記録は残っていたが、送った記憶は無いという。
詳しく話を聞くため、そのままみんなで彼女の家に行くことにした。

彼女の家でA君は、思い切って3人に相田君の髪の毛の話をしてみた。すると3人が3人とも玄関ポストに髪の毛が入っていたと言い出した。落ち込みかけた時に彼女が明るく
「えーやだ、みんな呪われてんじゃん!」
と話し出すと場は和んだ。彼女がつづけて3人に
「ねえ、ちなみにその『おばけ屋敷』ってどこにあるの??」
と尋ねると、3人は
「おばけ屋敷?」
と首をひねった。
確かに3人と再会してからこれまで、「あの家」とか「あの屋敷」とは言っていたが『おばけ屋敷』とは言っていなかった。

3人が言うには、『おばけ屋敷』では無いらしい。
あの夜、ドライブ中に相田君が
「この辺に俺が生まれ育った実家があるんだ、懐かしいから行ってみていいか?今はぼろぼろになっちゃってるけど」
と言い出して、その家に案内してくれたそうだ。
「ぼろぼろだけど懐かしいな、この庭で遊んだなー、写真撮ってくれよ」
と相田君に言われ、吉田君は写真を撮ってあげた。

「え、『おばけ屋敷』じゃないの?」
「俺たちはそう聞いてるよ、「実家だ」って」
相田君はここの柱の傷が、とか、ここに鍵隠してて、とか思い出を語ってくれたが3人とも嘘とは思えなかったそうだ。A君はゾッとした。じゃあなんで自分には『おばけ屋敷』なんて嘘ついたんだ?そして同時に、相田君がA君の家に来た時、その『おばけ屋敷』のいわくを話してくれたのを思い出した。

「あの『おばけ屋敷』、夫婦が子供にひどい虐待してたんだよね」

********
あとあと調べると間違いなく相田君の実家だったそうだ。
相田君はその後、大学を辞めてしまいそれっきり直接会っていない。一度だけ大学関連の用事があって電話をしたが、変わらない口調で淡々と話す相田君がさっぱり何を言っているのかわからず、会話が成り立たなかった。

相田君の実家は、その近所では『不幸な家族が変な離散をしている家』として知られていた。隣の家のお爺さんは「あの庭でよく見る光景がありました…」と、苦い顔をして言っていたという。
お爺さんがどんな光景を見ていたのかは、知る由もない。



※この話はツイキャス「禍話」より、「本当の家」という話を文章にしたものです。(2020/09/12 ザ・禍話 第二十五夜)

ツイキャスアーカイブではこの話の途中クラクションが聞こえます。

禍話二次創作のガイドラインです。


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