禍話リライト:ミヤモトの顔
人間の脳はうまいこと出来ていて、都合の悪いことを消す機能があり、恥ずかしい記憶や怖かった記憶が消えていたりする。だから、脳のセーフティメカニズムが働いて「あれ何だったんだろうな?」ぐらいの記憶になっていても、人に話してみると実はこわい話だったりするそうだ。
そんな話をたいそう納得しながら聞いていたAさんが、自身の体験談を話し始めた。
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Aさんは、大学4年の夏ぐらいには地元で就職も決まっていた。
卒業も間近の1月か2月の頃には(4年間住んだアパートともそろそろお別れだな)とセンチメンタルな気持ちになった。大学生向けの古いアパートだ。
そんな気持ちで過ごしていたからかこんな夢を見た。
感慨深げにアパートを眺めていると
「すいません」
ふいに後ろから声をかけられた。自分と背丈が同じぐらい、年齢は30歳ぐらいの年上であろう作業着の人が立っていた。
「Aさんですよね」
名前は合っている。でも、この人に心当たりがない。
「すいません、どこかでお会いしましたっけ?」
「あの、直接は会ってないんだけど、宮本が…」
「あー宮本のお知り合いですか!あいつ、具合悪いって10月ぐらいから臥せってるって言ってましたけど、最近どうですか?」
「宮本、ずっと具合悪くて。就職もうまくいかなくて、『俺なんかこのまま死んだっていいんだ』とか冗談で言っちゃうぐらい弱気になっちゃってるんですよ。Aさん、ちょっと会ってみてくれないかな?」
「全然いいですよ、時間あるし。宮本まだあのアパートですよね!」
宮本のアパートはたしか15分ぐらいの距離だな。さっそく、さっき会ったばかりの作業着の人と、宮本のアパートに向かった。『××荘』と古めかしい看板が貼られているアパートに着いたところでAさんは思った。
…宮本って誰だ?
「10月から臥せってる」とか口をついて出てきたけど、そもそも宮本という人を自分は知らないことに気づいた。
…そうか、これは夢か。いやこんな変な夢ある?
××荘への道のりも、途中までは実際にある道で途中からは全く知らない道、というか、実際には無い道だった。
いや、夢だって気づいたら、目が醒めるもんじゃないの?
宮本の部屋の前に到着し、作業着の人が「みやもと~、いるだろ~」と声をかけ、先に入っていった。「今日Aさん来てくれたからさ~」と、宮本を励ましながらシャッ、シャッ、とカーテンを開ける音が部屋の奥から聞こえた。招かれるまでの少しの間、考えてみる。…宮本なんてやっぱり覚えが無いな。こんなアパートも知らない。
しかし夢なのに醒めねえな。
「どうぞー」
中から呼ばれたが、さっきの作業着の人でもないし、宮本でもない、女の人の声だった。呼ばれるまま中に入ると、夢だからか不思議なことに宮本もいないし作業服の人もいない。ジャージを着た女の子が4、5人、家具を全部隅に寄せて、床一面に白い紙を何枚も何枚も貼り付けてかなり大きな絵を作っているようだ。玄関からすぐ足の踏み場が無い。
え?宮本は?なんで?
作業着の人は?
やっぱり夢だよな?なんでずっと醒めないの?
女の子たちは紙を踏まないように膝で移動したり肘をついたりしながら入念に絵を描いている。その中のひとり、眼鏡の小柄な女の子がこちらまで出てきて「Aさんこっちです」と自分を呼んだ。なんで自分の名前を…
「ここなんですけどね」
下書きの段階ということもあってよく見ないとわからなかったが、近づいたらものすごく巨大な男性の顔の絵だとわかった。それを4、5人の女の子が一生懸命描いているようだ。
咄嗟に「これ、ミヤモトの顔だな」とわかってしまって、ゾッとした。
自分を呼んだ眼鏡の子が絵の一部を指さしながら「ここなんですけど」というので見ると、両目の部分を交互に指差しながら
「あのー、Aさんならご存じだと思うんですけどー」
と切り出す。思わず
「えっ、ハイ」
と返事をした。
「どっちの目の下にほくろがありましたかねぇ?」
え?ほくろ?何?戸惑っていると、女の子は続けてこう言う。
「だからー、宮本は、どっちの目の下にほくろがありましたかね?ここが大事なところなんですよ、ここまで描いておいてね、あーしまった!ってなったんですよー。宮本、どっちの目の下にほくろがあったかなーと思いましてねー、それでAさんにご足労願ったわけなんですよー」
ほかの女の子たちも「ねー」と同調する。
「ほんと、これが無かったら全っ然意味がない!」
女の子たちはアハハ、と少し笑った。
笑ったと思ったら次の瞬間急に全員が フッ と真面目な顔になり、じっとこちらを見て
「どっちの目の下に、ほくろがありましたかね?」
「ほんとに、教えてください、お願いします」
と真顔で懇願し始めた。
詰め寄られたAさんは怖さがピークに達し「えっ ちょっ わかんないわかんない」とパニックになりながら外に飛び出した。
飛び出したところでやっと目が醒めた。
全身汗びっしょりで、ぐったり疲れていた。
いったんシャワーを浴びて落ち着いてから、気を取り直し実際の道を確認してみることにした。夢の中で歩いた××荘への道のりだ。やはり途中から道が全く違っていて、宮本のアパートにたどり着くことはなかった。
この夢の話を友だちに話してみても「お前疲れてんなー」と一笑に付された。
それからほどなくして、いよいよあと数日で引っ越す、というところで大学の友だちが「最後にアパートで飲もうぜ」と数人集まってくれた。引っ越しの準備があらかた終わっていたのでコップが足りないことに気づき、友だちのひとりが紙コップを買いにコンビニまで行ってくれた。
23時ごろだった。
その友だちは戻って来るとすぐ「なんか、家の前に変な奴いるよ」と言う。道路を挟んだ、自販機が並んでいるところに人が立っていたそうだ。
「買いに行く時もいたんだけど、戻ってきた時もいたから、ジュース飲んでるとか電話してるとかでもないし、なんだろうなーと思ってさ」
窓から見るとたしかに人が立っている。そして、こっちを向いている。
自販機の明かりでわかったがその人は、作業着を着ていた。
Aさんは(あれ?)と思い、瞬時にこわくなった。
後輩が「ちょっと俺みてみますよー」と確認するやいなや
「…おかしいおかしい。アイツ居なくなるまで、帰れないっす」
と言った。
「え、何どうしたの?」
「作業着着た奴が、こっち向いてるんすけど、なんか目の部分にぐるぐるに包帯巻いてますね…杖とかないけどどうやって来たんすかね?」
そこから1時間おきぐらいにみんなで存在を確認し、朝方になってやっといなくなっていた。
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「あれ絶対、宮本だったんだと思うんです」
Aさんは言う。
作業着の人=宮本だったんじゃないか。
夢の最初の段階で、作業着姿のミヤモトの顔…目元のほくろの位置をはっきり見ていたら、夢の中でまた違った展開になってしまったんじゃないか、そうなったらどうなっていたか…と思ったそうだ。
人間の脳はうまいこと出来ている。Aさんにとってはこれが「あれ何だったんだろうな?」という記憶だったから…
こんなふうに話すまでは。
※この話はツイキャス「禍話」より特別放送「忌魅恐NEO」内の、「ミヤモトの顔」という話を文章にしたものです。
(忌魅恐NEO 第一夜 2020年6月30日)
禍話二次創作のガイドラインです。
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