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禍話:来ませんように

高校3年のA君は大学推薦が早くに決まって余裕のある日々を過ごしていた。一方幼馴染のB君は今の実力より少しランクの高い学校を目指しており、難しい受験に向けてストレスもたまりがちになっていた。

A君は学校帰りに1~2時間、気分転換にどうかなと久しぶりにB君をファミレスに誘った。

「俺んちの近くのマンションのさ、集合ポストのところになんか御札っぽいのが貼ってあるんだよね」
軽食を食べながらお互いの近況を話している中で、B君が切り出した。前は貼ってなかったんじゃないか、少なくとも最近気づいたんだと言う。
「御札なんて、集合ポストに貼らねえよな」
確かに神社なんかで授かる御札などは部屋の神棚や柱に飾ったりすることが多いだろう。一軒家であれば、厄除けの御札を玄関先に祀ることもあるかもしれないが…
通りかかっただけのB君からでも見えるような位置の、それも集合ポストに貼るだろうか?

「食い終わったら見に行く?」
B君が見てほしそうな感じもあったし、A君も気になったので帰りに行ってみることにした。

B君の家への道すがらに、その集合ポストはあった。
A君が近づいてよく見てみると御札では無さそうだった。
筆ペンのようなもので書いた、長く、蚯蚓みみず ののたくったような文字。

田中はひどい奴
貸した金は返さず
何もせず
何もせず
挨拶もせず
不誠実で
ゴミもちゃんと出さず
~~~
~~~
~~~
~~~(文句がひたすら書いてある)

そんな悪い田中が帰ってきませんように

「御札じゃないけどこれ相当気持ち悪いぞ…」
隣近所の人が書いて貼ったのだろうか?いずれにしても周辺にやばい人が住んでいるのでは?と思った。

そのままB君宅の門扉の前まで向かい、そこで2人は解散した。
「じゃあな~」「おうまた明日」
A君の去り際、B君がふとこう言った。

「でもあれ お前の苗字だったよな」

A君の苗字は「長谷川」だが、書かれていたのは[田中]だった。文字数すら違う。下手な字ではあったが、見間違うはずがない。
まして友達や共通の知り合いにも[田中]は居ない。
(なんだあいつ…?)
B君はやはり受験勉強で疲れているのだろうか。
A君はもやもやとした気持ちのまま帰路についた。

翌日学校に行くとB君は休んでいた。
A君とB君はクラスが違ったが、B君の担任の先生が朝居ないことに気付き電話をしたら「休む」とのことだったらしい。身内や本人からの事前の連絡が無く休んでいたので、先生が仲の良いA君のところに
「お前何か知らない?」
と事情を聞きに来たのだった。そして先生は
「A、悪いんだけどさ、帰りにBの家に行ってやってくれよ」
と頼んできた。
あんな生真面目なB君が無断で休むのは確かに心配だった。最近受験の疲れかふさぎ気味だったし事実昨日も何かおかしかったのでA君は快諾した。

B君の家に着くと、門扉のところから平日いつもはご両親が仕事に乗って行っている車が車庫に見えた。
(今日親御さんお休みなのかな?)
とりあえずインターホンを押す。返事がない。具合が悪くて病院にでも行っているんだろうか?ふと家のほうをみると、レースカーテンの向こうに人影がある。
たぶん誰かは居る。

玄関まで行って声をかけよう、と門をキィーッと開けて玄関の扉の前まで来て気付いた。紙が貼ってある。
メモ帳がセロハンテープで貼ってあり、蚯蚓ののたくったような字で不誠実なことを追求する内容が長文で書かれている。

~~~
~~~
金も返さず
~~~
~~~
挨拶もせず
~~~
~~~
~~~
そんな田中が訪れませんように

昨日見た字とも違う、B君の字でもない、大人の字。
おそらくご両親のどちらかの字かもしれない。

文字を読んで思わず固まっていると玄関の内側から何かぼそぼそと聞こえているのに気付き、今度はそっと聞き耳を立てる。
扉の向こう側のすぐそこに誰か居る気配がした。


「…が訪れませんように……田中が訪れませんように…田中が訪れませんように…田中が訪れませんように……田中が訪れませんように…田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように………田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように……田中が訪れませんように…」

それは今ここに居る自分に対して[田中]では無いことをひたすら祈っているようだった。

(…………俺は、[田中]じゃないし)
A君は頭の中でそう言い訳をしながら、なるべく音を出さないようにじりじりと後ずさりして敷地から出て、逃げ帰った。


B君はそれから2~3日は学校に来なかったようだ。
その後B君が志望校のランクも下げて受験にはなんとか受かったらしいとは人づてに聞いたが、あれ以来一切交流はしていない。


※この話はツイキャス「禍話」より、「きませんように」という話を文章にしたものです。(2023/03/18禍話アンリミテッド 第十夜)

禍話二次創作のガイドラインです。


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