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禍話:出前が来る家

今ほどデリバリーサービスが普及していない頃の話。

大学生のA君は、夏休みだけの短期バイトを始めた。
期間限定だがほぼ毎日出勤しているためか、通勤途中にある一軒家が気になっていた。同じバイトの仲間内で話していて「あのぼろい一軒家さあ…」とA君が切り出すと、みんなも気になっていたようだった。

今にも壁が崩れてきそうなほど古く、ちょっと汚れた一軒家。人が住んでいるのかすら訝しむほどの外観だが、その入口にいつも出前のあとに返却する食器類が置かれていた。寿司桶やら中華のどんぶりやら、いずれも学生のA君たちがあまり簡単には頼めそうもない、高そうなてんやものと思われる。外から見る限り、失礼ながらそういったメニューを毎回なんて到底頼めなさそうな古びた家だったが、どんなお金持ちが住んでいるんだろう?と気になっていた。

バイトの先輩で、その地域が地元のため近隣のウワサを知っている人がいた。その先輩Bさんによるとあの家は中年男性の一人暮らし。ただ、おかしなことがあると言う。
「俺の彼女、宅配ピザの受付のバイトしてんだけどさ、あの家毎回女の人が電話してきて注文するんだって」
Bさんの彼女が働くピザ屋の配達員の人も、「そういえば毎回ちょっと迷惑そうに受け取るんだよなー」とぼやいていたらしい。いたずらの注文?それとも家の中に心を病んだ人がいる?いずれにしても一人暮らしでは頼まないような、値段が高くて大きいサイズのピザを定期的に注文してくるという。
それはきっと寿司屋とかラーメン屋とかにも、その女の人が勝手に頼んでいるんじゃないだろうか、と想像するに難くなかった。

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短期バイトも終わりが見えてきた頃。
Bさんの顔が浮かない。A君が「どうしたんすか?」とたずねるや否や
「まじこわいんだけど」
と言ってきた。
例の彼女がバイト終わりに帰宅する際、いつもその一軒家の裏手を通るそうで、壁越しにちょっと敷地内が見えるらしい。中年男性の姿を時折見かけることもあったが、つい先日その敷地内の外廊下の、明かりのついてない真っ暗なところに背の高い中年女性がぼんやり立っていたそうだ。
そして思わず一瞬驚いた彼女に、その女性はおもむろに手を振ってきた。

それは『いつも ありがとね』と伝えているように感じたという。彼女はダッシュで逃げ帰った。

彼女にその話を聞いたBさんは、市役所に勤めている友達にむりやり事情を聞き出したが、やはり男性の一人暮らしで間違いないと言われてしまったそうだ。ただ、市役所だけにウワサも色々伝え聞いているようで、それによると男性があの一軒家に引っ越してくる前に奥さんが亡くなっていること、以前住んでいた家で男性が帰ってきたら奥さんは血を吐いて死んでいたらしい、ということがわかった。

そしてそんな話を聞いたその日の帰りも、あいかわらず大きな寿司桶が置かれていた。

******
短期バイトを終えて一年ほど経った頃。A君はたまたま街でBさんと彼女に遭遇した。
「Bさん!お久しぶりですー」
彼女に会うのは初めてだ。短期バイトの間の思い出話をしていると、自然とあの一軒家の話になった。
「あの家、まだ出前来てるんすかね」
「ああ、もうこないよ」
と彼女が返答した。
ピザのバイトはまだ続けているようだ。

あの中年男性は、玄関で血を吐いて死んでいた。
奇しくも、なにかの出前の配達の人が見つけたそうだ。玄関の辺り一面血だるまで、すごく苦しんで死んでいたという。
彼女が冗談まじりに
「高いもんばっか食わせて高血圧とかで殺したかったんじゃないのー?」
と言っていた。

A君はふたりと別れたあと、ふと(本当にそうかもな)と思った。


※この話はツイキャス「禍話」より、「出前が来る家」という話を文章にしたものです。(2018/02/09 震!禍話 第五夜)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/440094118

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