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禍話:当人と本人

先日、A君は高校の同窓会に参加した。
地元はいわゆる地方都市で、大学卒業後もそのまま地元の企業に就職していたため高校の同級生とはたまに連絡を取り合ってはいたが、当時仲が良かったメンバーが揃って集まるのは久しぶりだった。

ふと、A君がみんなに
「山田は今日どうしたの?」
と尋ねた。山田は普段からクールで頭も良く、高校卒業後も割といい大学に行ってすんなり就職も決まったと聞いた。いかにも仕事が出来るタイプの男だ。今日は来ていなかったがメンバーのひとりであるB君が最近会ったらしく、その時のことを話してくれた。

「山田、ちょっと様子が変だったんだ。ある時からドッペルゲンガーを見るようになったって言うんだよ」

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山田は理路整然としていて性格はきつめだったが、就職先では上司の人たちとも上手くやれていたようだ。要領良く、順調に働いていた。

その日も山田は仕事が終わった後、最寄り駅前のコンビニで買い物をすませ、徒歩で帰路についていた。

目の前をスーッと、ゆっくり車が通った。
(自分の車に似てるな…)
休みの日によく乗っている自分の車に似ている。おそらく同じ車種なのだろう。車体の色も同じで、のぞき見えるダッシュボードや座席シートの雰囲気もそっくりだ。運転席を見ると、運転しながら携帯で話している。いやダメだろ、罰金だよ…と思って見ているとその運転手と目が合った。

その姿は完全に自分だった。

運転手の山田もどきは驚いたようなそぶりもなくただバツが悪そうな顔をして[すいませーんすぐやめますからー]みたいな会釈をこちらにしてきた。車はそのままスーッと角を曲がって行ってしまった。山田は気持ち悪さを感じつつもう一度ちゃんと確認したくて慌てて曲がった先を追ったが、まだ見えるはずの車はもうそこに無かった。

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「それ以来山田が参っちゃってるみたいなんだよ」
そんな話を聞いてもにわかには信じがたい。見間違いじゃないの?似たやつを見かけただけだろ?と口々に意見を言ったが、B君はこう続けた。

「山田はそれ以来何故か電話をとることを嫌がってて、それでしばらく連絡つかなかったんだよ。俺、家が近いから直接会いに行ってみたらさっきの話をしだしてさ」

面倒見のいいB君は連絡のとれない山田を気にかけ、家に行った。すると山田が先ほどの一件を話し、電話をとりたくないのだと言い始めた。
B君は「電話がとりたくないったって、会社の電話はとらないと仕事がまともに出来ないだろう」と諫めた。
すると山田は語気を強めて言い返してきた。
「こっちが『出られない』って言ってるのにかけてくるって、社会人としてダメだから。仕事先の人たちには電話してくるなって伝えてあるから」

B君は山田が何を言っているのか理解できなかった。
そもそも、ドッペルゲンガーらしきものを見かけたことと、電話に出ないことの話がつながっていないのだ。[電話に出ない]という結論に至る理由がさっぱりわからない。

その山田の結論は案の定仕事に支障をきたしていた。電話はとらない上に先ほどのような言動も相まって、いよいよ会社から「いったん休め」とのお達しが出たところだったらしい。

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その後もまめに山田の様子を見に行っていたB君から、山田が正式に休職することになったとの連絡を受け、A君たちは次の休みの日にでも一度みんなで集まって、山田宅を訪問しようということになった。

訪問当日、夕方ごろに落ち合い、山田が一人暮らしをしているマンションにみんなで向かった。
A君たちを出迎えた山田は、髭はぼうぼうに伸ばしっぱなし、髪も見るからにべたべた。おそらく休職してから今まで、身なりを整えるようなことはなにもしていないのだろう。明らかに普通ではない、暗い様子の山田に気をつかって初めは当たり障りのない会話をしていたが、体育会系でハッキリした性格のC君がついに切り出した。

「なあ、山田。…自分とそっくりな奴を見ちゃってさ、怖いのもわかる。おばけとかかも知れないしな、そりゃビビっちゃうよな。でもさ、それがなんで電話に出ないってことになるの?」

とたんに山田は叫ぶように答えた。
「だって電話なんかに出たら負けじゃん!電話出るポーズなんかしたら、あいつと同じになるだろ!まずいだろあいつと同じになるのは!…あいつと同じは!まずいだろ!!まずいんだよ!!」

その場が凍り付いた。わけがわからない。
「いや『あいつ』って…そんな、知り合いみたいになっちゃってる」
A君が落ち着かせようと冗談まじりに言うと、
「…冗談じゃ済まねえんだよ」
と言いながら、山田は真剣な顔で部屋の一角をパッと指さした。

鏡がある。
もちろん指をさした山田が映っている。

なんとなく、鏡に映った山田に違和感を感じた。
A君たちは互いに目を見やり、その後話題を変えて2、3世間話をしたあと、早々においとますることにした。

玄関を出てエレベーターに乗り込むやいなや、C君が
「なあ、鏡に映ってる山田、笑ってなかったか?」
と切り出すと、みんなそれぞれに感じた違和感を吐き出す。ちょっとずつ捉え方にズレはあったが共通していた印象は
「笑っていたかはわからないがワンテンポ遅れて真顔になった」
ということだった。指をさした山田の真剣な表情に、鏡の中の山田が合わせるように、そしてそのタイミングがほんの少し遅れたように見えたというのだ。

エレベーターを降りると、外はもう暗くなっていた。
皆何とも言えない気持ちで歩き出す。ふと、誰からともなく振り返り山田の部屋のベランダを見上げた。するとベランダに山田がいた。
「おーい!またな~!!」
こちらに向かって元気いっぱい、明るく手を振っている。

さっきの思い詰めたような様子とは打って変わって、笑顔で手を振っていた。…いや、山田はもともとクールで、あんな風に手を振ってくるような奴じゃなかったはずだ。辺りが暗く階数も上のほうなのではっきり見えず確信が持てない。あれは本当に山田なのか?
ただ、全員がまた違和感を感じたのは確かだった。A君は小さく手を上げて「お、おう、またな…」と一応返事をした。

次の瞬間。
ベランダの並びに面している、山田の部屋のトイレの窓に電気が付いた。山田は一人暮らしだし、つい先ほどまで訪問していたから誰かがいるとは考えにくい。

もしかして、本当の山田は今トイレに行ったのでは?
じゃあ、あのベランダにいる、満面の笑みで手を振る山田は…………


「おーーい!!!また来てな~~!!!!」


※この話はツイキャス「禍話」より、「当人と本人」という話を文章にしたものです。(2021/07/24  シン・禍話 第二十夜)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/693691816

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