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禍話:おとうさんはおかあさん

高校生のA君は一軒屋の2階に自室があった。
夜、真夜中ではないが遅めの時間。その自室で勉強しながら、1階の部屋で寝る両親に聴こえたらうるさいかなと思いイヤフォンを片耳だけにして、好きなラジオを聴いていた。

[コンコン]
ふと、扉がノックされた。
A君はちょっと違和感を感じた。1階にいる両親のどちらかが2階に来るときは階段を上る軋みや足音が聞こえるはずで、その足音でこちらに向かってくるのがわかるのでノックも滅多にしない。

「なにー?」
と返事をすると、扉の向こうから
「おかあさんだけど」
と言われた。
が、明らかに父親の声だった。

[コンコン]
「おかあさんだけど」

もう一度言われ、A君は(なんだ?親父酔ってんのか?)と思ったところで片耳に聴こえていたラジオが丁度CMに入った。

普段から真面目でどちらかというと無口な父親なので、酔っぱらっておかしなことを言ってくるなんてことも今まで無かったが…。
「なんだよ?」
と言いながら扉を開けると誰もいない。
階段も廊下も真っ暗だ。

(寝ぼけるほどの時間でもないし…気のせいか…?)
いったん机に戻ったが何だったのか気になってラジオの内容がさっぱり頭に入ってこない。今日はもういいや、とラジオはあきらめてイヤフォンをしまい、1階に確認しに行くことにした。

階段を降りると1階はリビングもトイレも真っ暗だった。廊下の電気をつけ両親が寝ている部屋をそっと覗いた。
布団を2つ並べて寝ているはずが母親しか寝ておらず、父親のほうの布団は敷かれてはいるもののついさっき起きたように片側がめくれていて、肝心の父親が居ない。

(あれ?ほかの部屋は暗いし…外に出たのか?)
実際のところ外に出たような物音は一切無かったし玄関にはちゃんと靴もある。おかしいな、と思うも状況が全くわからないのでとりあえず部屋に戻り、その日は結局寝ることにした。


それから2日ほど、父親の姿がなかった。


例の日の翌朝「親父は?」と母親に尋ねるも特に気にしていないというか、取り立てて何も言わない。何かを誤魔化したり不安に思ったりしていそうな様子が全く無く、母親が普段通りならさほど問題はないだろうとA君も自然にスルーしていた。そして2日ぐらい経って学校から帰ったら何事もなく父親がリビングに居たという。いつもは仕事に出ている時間だが私服でリビングのソファに座ってくつろいでいる。

A君は(あ、居る)とは思ったが、両親の振る舞いがあまりに自然でなんとなく何も聞けないまま疑問は薄れていった。


数年が経ち、A君も成人してしばらくした頃。
ふと思い出して母親に聞いてみた。
「ちょっと前、俺が高校の時さ、親父が2日ぐらい居なかったことあったよね?」
しかし母親は全く覚えていないといった様子で
「え?そんなことあったかね?」
と答えた。
「あんたがその歳ぐらいの時お父さん仕事が大変で、なんか重要な仕事してたと思うからいなくなったりしてたらもっと大騒ぎしてるわよ」

やっぱり自分の記憶違いなのか…?
違和感はぬぐえず、今度は父親に聞いてみることにした。居なくなった、という聞き方ではなく、自分の部屋に来た時のことを聞いてみることにした。
「親父さ、覚えてるかな?前に酔っぱらって俺の部屋に来てさ、『おかあさんだよ』みたいなこと言わなかったっけ?」

すると真面目で無口な父が急にへらへらした口調で
「あぁ~もう~〜そのことは言わないでくれよぉ~〜」
と言い両手で肩をギュッギュッとされた。

普段の父親からは全く想像できないその言葉と態度に、A君はものすごく気持ちが悪くなってこれ以上聞くのをやめたそうだ。

A君が2日間父親そのものを認識できなかったのか?それとも全く別の者の仕業か────



※この話はツイキャス「禍話」より、「おとうさんはおかあさん」という話を文章にしたものです。(2023/03/11禍話アンリミテッド 第九夜)

禍話二次創作のガイドラインです。

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