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禍話:赤い先生

K君の小学校には、保護者の都合で帰りが遅くなる生徒のために放課後に面倒を見てくれる学童保育がある。K君はいつもその学童に行って母の迎えを待っていた。わりと最後のほうまで残っていて寂しかったので、同じように遅くまで残っているS君とは自然と仲良くなっていた。

夏のある日。
S君がふいに
「学童でさ、アカイ先生いるじゃん?なんとなく怖いよね」
と同意を求めてきたが、K君の記憶には思い当たる先生がいなかった。
「赤井先生って名前の先生いたっけ?」
「違う違う、[赤い]先生だよ。名札の字が手書きで読めなかったから名前わかんないんだけど」
K君は母の仕事の都合上水曜日だけはみんなより早く帰ることができたので、水曜日だけ来ている先生なら知らないはずだ。S君はその[赤い先生]の特徴を教えてくれた。
「先週も来てた。いっつも赤いセーター着てるんよ」
「え?いま夏なのに?暑くない?半袖のうっすいやつ?」
「ううん、長袖のセーター。女の先生で、優しそうなんだけど、あんま俺らみたいな子どもに慣れてない感じの…どっか近所のお姉さんとかなのかも」
そしてS君はこう続ける。
「廊下からずっと俺のこと見てんの。でも教室には入ってこない、なんか見張ってる感じでさ」

その先生はいつも赤いセーターを着て、教室には入らず廊下からじっとS君を見ていたという。名札は他の先生と同じタイプのものを同じように付けていたが、他の先生は印字した名前なのに赤い先生だけは手書きで書きなぐったような字で、S君は先生がなんという名前なのか読めなかったそうだ。

翌週の水曜日、いつもなら早めに帰れるはずだがその日は母が出張に行っており、遅い時間に父が来てくれることになっていた。いつもは学童にいない水曜日だったので(赤い先生来るかな?)とK君は思った。
しかしよくよく考えると、学童保育関連の掲示物には先生の担当シフトが書き込まれたカレンダーがあり、それを見ればその日来てくれる担当の先生が誰なのかすぐにわかる。そして今日は表の予定通りY先生が教室にいて小さい子とお話ししている。どの日付を見ても赤い先生らしき知らない先生の名前は無かったので、S君が赤い先生を見た日は本当に臨時で来ていたのだろうと推測した。

いつものようにみんなぽつぽつとお迎えが来て帰り始め、やがてS君もお母さんが来た。K君はバイバイついでにS君に確認した。
「あ、今日は赤い先生来なかったよね?」
「いや来てたよ、いつもは廊下に立ち止まってこっち見てるんだけど今日は廊下をうろうろ通り過ぎてる感じだった。警備みたいなことなんかな?」
バイバーイ、と手を振りS君とお母さんが出ていき、駐車場の説明かなにかでY先生も昇降口まで見送るかたちで一緒に出て行ってしまった。

K君は静まり返った教室で、急にひとりきりになった。
(やっぱり廊下通り過ぎるだけとか意味わかんなくて怖いな……)
自分は気がつかなかったが今日も来ていたという赤い先生のことを思い出してなんとなく怖くなり、Y先生がいるであろう昇降口のほうに自分も行こうと教室を飛び出した。ところが廊下は電気が点いて明るいもののその先にある他の教室や窓の外がすっかり暗かったのでそれも怖い。
K君は廊下のつきあたりでまごまごして、結局また教室に戻ることにした。

戻り先であるさっきまで居た教室は、明かりが消えていた。
(あれ?俺、電気消したっけ?いや、つけっぱで出たよな…?)
おかしいな、と思いながら教室に向かうと、その真っ暗な教室から床が鳴る音がする。バンバン、ゴンゴン、不規則に聞こえる。
(なんだ?誰かいるの?いやいるなら電気付けるよな普通…)
及び腰になり、あけっぱなしだったドアから教室をおそるおそる覗いた。

暗闇でもわかった。
真っ赤なセーターを着た髪の長い女の人が、仰向けに横たわる自分ぐらいの知らない男の子の上に馬乗りになって、その男の子の口元をギューッと塞いでいる。男の子は苦しそうにバタバタと抵抗して床を叩いている。さっき聞こえた音はその音だった。

(2人とも誰????何をしてるの??????)
K君は頭の中が真っ白になって硬直したが、男の子の抵抗がだんだん弱くなっているのに気づき、咄嗟に叫んだ。
「せ、先生!そんなことしたらその子、死んじゃうよ!?」
するとその赤い先生はゆっくりと顔を上げ、いたって普通のトーンでこう言った。

「 うん 死んじゃうよ 」

K君は腰が抜けてその場にへたり込み、そのままゆっくりと後ろに倒れて意識を手放した。

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気がつくとY先生が揺すって「K君?K君??大丈夫???」と起こしてくれていた。
「どうしたの、教室も真っ暗にして…大丈夫?ぼんやりしてるけど」
K君は笑われてもいいやと、Y先生にさっき見たことをすべて話した。するとY先生はにわかに暗い表情になり、静かに口を開いた。
「……K君、そのことは……誰にも言わないほうがいいよ」


それから誰にも言わないまま10年ほど経ち、その間に昔からいる先生やよそのお母さんからなんとなくちらほらと聞いた話がある。
該当する教室では特になにも無かった。ただ、この学校の関係するところでは[ノイローゼで辞めた先生が自宅で自分の子どもに手をかけてしまう]という事件が過去にあったらしい。その事件自体、子どもが亡くなったわけではなかったそうだが……

その校舎は取り壊されて今は無い。


※この話はツイキャス「禍話」より、「赤い先生」という話を文章にしたものです。(2019/04/26 禍ちゃんねる 平成最後の怖い話スペシャル)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/540711382

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