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サンタは遅れてやってくる #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう

6月2日
三十回目の誕生日。今日も残業で疲れた。

 私、市川晃は今日で三十歳、独身。

 就職すれば結婚を前提にしたお付き合いをする相手くらい出来るだろうと思っていた。ところが、現実は厳しく、会社に入ってからは右も左もわからないまま、必死になって仕事をこなす毎日が続いた。平日は夜遅くまで仕事。家に帰ったら寝るだけ。ひどい時は土日も仕事。休みの時は、ただ寝ることに幸せを感じていた。
 そんな生活をしていると毎日一体何をしていたのかがわからなくなるので、寝る前に日記をつけることが習慣になった。ただ、その日記も一言くらいしか書く余裕がなかった。

 ある日、上司と居酒屋で飲む機会があった。

「君は趣味とかはあるのか」

そう言われて改めて思い返すと、ないことに気付いた。

「就職してから仕事でいっぱいいっぱいで…何も」
「良くないと思うんだよね、そういう環境。だから俺が上にいる間は、出来るだけ頑張るからさ。早く帰ってなんかしてみたら?」
「そんなこと言われてパッと思いつかないですよ」
「ま、ぼちぼちで良いんじゃないか。俺も若い時はそうだったけど、ふと自分の人生は仕事だけかと思ってさ。なんとなくストレス解消にランニングを始めた。今じゃすっかりはまってフルマラソンにも出るんだぜ」

 ほろ酔いで店を出て、駅に向かう時に上司が付け加えた。
「ま、メリハリ持ってやっていこうぜ。あと早く良い嫁さん見つけろよ」

6月30日
上司と呑んだ。趣味を探そう。あと嫁さん候補も。

その数ヶ月後から自転車を始め、週末になるとレースに出場、平日は必死に仕事を繰り返していた。

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11月30日
明日から12月。もうすっかり寒い。

 年末まであと一ヶ月を切ると仕事が急に忙しくなる。とはいえ、趣味はなんとしてでも続けたいので週末はいつもの様にレース会場に出かけた。

 仕事で寝不足が続いたこともあり、結果は散々だった。うなだれながらチームメイトが集まっている所に合流する。そこには知らない女性がいた。

(羨ましいなぁ…彼女連れでレースかよ。)

 日が暮れて周りも帰る準備をしだした時、その女性は焦ってうろうろしていた。
 「どうされたんですか?」
 「行きは佐藤くんと一緒に電車とタクシーで来たんですが、彼は友人の車で帰っちゃって」

 佐藤に苛立ちを覚えた。会場から最寄り駅まで徒歩だと1時間以上かかってしまうのだ。

 「良かったら、僕の車に乗っていきますか」

 人見知りで普段だと自分から声を掛けることは出来ない性格だが、どうにかしてあげないとという思いが先に来たため、すんなりと言葉が出た。

 車に乗り、まずは自己紹介が始まった。
 「晃です。よろしくお願いします。」
 「遙花です。今日は助かりました、ありがとうございます。何だか順序が逆ですね」
 助手席に座って微笑んだ彼女の顔にドキドキしてしまった。遠方であり、折角の長いドライブなので途中でカフェに入って談笑したりもした。送り届けるまで3時間弱。色々な話をした。お互い自転車で走るのが好きなこと、コーヒーが好きなこと、仕事が大変なこと…そして、遙花が佐藤と付き合っている訳でもなく彼氏がいないこと。

12月2日
遙花さんという女性と知り合った。思いも寄らないところに出会いというものはあるもんだ。素敵な人だと思う。久しぶりのレースはかなりしんどかった。

 その日を境に遙花と連絡を取るようになった。毎日やり取りを続けていると、お互い良く似ていて、日に日に気が合うことがわかってきた。

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 まだ早いかもしれない。そう思いながら遙花に連絡をした。

『クリスマスイブ、良かったら一緒に過ごしませんか。』

 返事が返ってくるまでの間はどうしてこんなにも長いのだろう。朝送ったメールが返ってこず半ば諦めていたタイミングで返事が返ってきた。

『いいですよ。行きたいところがあるのですが、梅田で待ち合わせしませんか。』

12月15日
知り合ってばかりだったが、クリスマスのデートのお誘いをした。デートなんて何年ぶりだろう。とてもドキドキする。まずは服選びから。何を着ていこう。

 それから一週間は仕事がなかなか捗らなかった。そして、毎日のメールのやり取りをする度に遙花に惹かれていった。

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12月23日
サンタさんへ。彼女が欲しいです。お付き合いしたい人がいます。背中を押して下さい。

 クリスマスイブ当日、仕事が終わり意気揚々と梅田に向かう。大阪駅は至る所がキラキラ輝いていてカップルが多い。

 待ち合わせ場所に行くと、遙花は既に待っていた。
「お待たせしました。」
「いえいえ、来たところです。」
「で、どこに行くんですか?」
「クリスマスマーケットっていうのが毎年開かれているんです。行ったことがないので、誰かと一緒に行きたかったんです。」

 何気ない言葉にすらドキドキしてしまう自分がいた。

 駅から少し歩きながら他愛もない話をしているうちに、会場に着いた。大きなクリスマスツリーがそびえ立ち、メリーゴーランドがキラキラ輝く。そして、食べ物や工芸品などを販売するお店が並んでいる。まるでおとぎの国だ。

 歩くのが億劫になるくらい人が多かったが、その分遙花との距離は近かった。一通りお店を見てまわった後に、少し離れたところで休憩することにした。まだ手を繋ぐ関係ではない二人の手は冷え切っていて、出店で買ったホットワインの暖められたコップがかじかんだ指を溶かす。

 二人での時間はあっという間に過ぎた。ただ、一緒に他愛もない話をして、ちょっとしたものを飲み食いしているだけだった。それだけだったが、この時間がかけがえのないものに感じた。気付けば帰る時間が近づいてきた。電車の時間が近づくにつれて心の中で大きな気持ちが膨らんできた。

 この人と一緒にいたい。

「あの…お付き合いしていただけませんか。」
唐突に言葉が出た。
「え…」
きょとんとした遙花の顔にイルミネーションの光が反射した。
「まだ知り合って間もないのもわかっています。ただ、あなたが好きで、あなたと一緒にいたいんです。」

一瞬、間が開いた。

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいのですが、急に言われても答えは返せないです。一緒にいるなら友達でもいいですよね。暫くこのままでいさせてください。」

「わかりました。また一緒に遊びに行きましょう」
精一杯の笑顔で答えるしかなかった。

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 クリスマスというイベントで振られたことで、心にぽっかり穴があいていた。毎日書いていた日記も数日前に浮かれていた自分を見るのが嫌で書くことを辞めていた。

 「さ、今年もあと数日。今年中にやっておくことは終わらせましょう!」
 自分を奮い立たせる様に職場で指揮を取る。

 それからは寝る間も惜しんで一心不乱に年末に向けて仕事を進めた。無事に仕事は年内に終わり、大晦日の晩にテレビを見ながら酒を飲んでいた。

 急にスマホが鳴った。遙花からの電話だった。

 「この間はありがとうございました。」
 「いえいえ、こちらこそ。どうされましたか。」
 「あの、今年中にやっておきたいことは今年中にしたくて。あの、この間のこと。」

 酔いが冷めた。

 「は、はい」
 「私も好きです、お付き合いしてください。」

12月31日
サンタさんへ。遅刻したでしょう。でも、ありがとうございました。

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今回は百瀬七海さんの企画に参加させていただきました。
素敵な企画ありがとうございます。

クリスマスまで色んな方のストーリーが読めると思うととても楽しみです。

 アドベントカレンダーに参加するために、Twitterでアカウント作ったのは良いのですが、ふざけて「リョーヘイ!ヘーイ」という名前にしたらそのまま反映されてしまいました。

 今年は皆さんクリスマスはどのように過ごされる予定でしょうか?外出自粛の地域もあったりして、今回書いたような過ごし方はなかなか出来ないかもしれませんが、皆様に素敵なクリスマスが訪れますように。

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