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オタクはもう、成功している『成功したオタク』【勝手に寄稿】

推していた男性アイドルが性犯罪を犯してしまったことから、今まで費やした自分の時間やお金や愛について向き合い、同じ境遇のファンや告発するきっかけとなった記事を書いた記者、政治デモを行う団体にまでインタビューをしながら、オタクとしての成功は何かを問う。

「ソンドク(成功したオタクの意)」は元々韓国のスラングのようなもので、自分の応援している対象に会ったことがあったり、認知されているオタクのことを言うらしい。

このドキュメントを撮影した女性監督オ・セヨンは、ソンドクでありアイドルのバーターのような形でバラエティ番組等に出演するなど、日本でいうトップオタみたいなものだった。

しかし、彼女の推しを含む複数のアイドルたちが「バーニング・サン事件」という一大スキャンダルで逮捕されてしまい、推しを失って失敗したオタクとなった彼女はカメラを回し始めるのだった。

序盤は身近で同じ境遇のオタ友とのホームビデオのようなノリで、冗談を言い合う様子や「飲まないとやってられないよね!」とふざける姿を見ることができ、オタク女子会にお邪魔させてもらったような高揚感があるが、彼女たちの疲れからくる悲哀な雰囲気が根底で漂う。

韓国の遵法意識、性加害や性犯罪への嫌悪感は凄まじく推しであっても容赦がない。中には、性犯罪を起こした末に自殺してしまったタレントに対し「自死は逃げ、罪を償っていない彼の死は悲しむに値しない」ときっぱりノーを突きつけるオタクもいた。

彼女たちへの教育や国の雰囲気、日常や社会生活の中にある男女間の不平等や軋轢が、表情や言葉から伝わってきた。

そこから様々なファンを訪ねて話を聞いていくうちに「なぜ犯罪者になった推しを応援し続ける人がいるのか」「この構造は朴槿恵を支持する団体と似ている」とオ監督は思い立ち、朴槿恵氏の釈放を求めるデモへと潜入する。

個人間の推し感覚から徐々に規模が大きくなっていき、政治家や国へ、視点が広がっていく。そして推すことの本質を掴み、絶望する。

終始、疲れや戸惑いとそれに抗っているようなユーモア、性犯罪への強い嫌悪感が映される。

そして、多くのオタクたちの、何よりも傲慢で何よりも健気な感情が画面から溢れ続けていた。

アイドルを推すことは一方通行のように思えるが、どうしようもなく何かを愛したいという衝動の受け皿になってくれるという点で関係は見事に成立している。

どれだけの時間とお金と愛を注いでも良い、と思える対象を見つけた時点でオタクとして人間としてすでに成功している。

その対象は友人でも家族でもパートナーでもペットでも趣味でも政治家でも国でも何でも良いのだ。

ただ、その対象に傲慢にならず、健気すぎずにいることや、熱い愛の対象を複数用意し愛を分散することはこの上なく難しい。

誰かが隣に座っていること、その人が変わらず座っていてくれることに感謝したいと思える作品だった。

もちろん誰でも、何でも良い。

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