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我が家の日常

子供を保育園に預けて家に戻ると9時を回る。朝までの騒がしさも落ち着いたところで静かになった部屋にspotifyからジャズミュージックを選んで、ほどよい音量にして流し、それからコーヒーを淹れ、妻とその日の仕事を軽く打ち合わせが始まる。日によってはSELSHAで販売する石を選んだりもする。

香りと音に満ちた空間を共有しながら
石を一緒に選ぶ光景は我が家の日常風景

千差万別の内包物のある水晶を見ると、皆それぞれ連想するものは違ってくる。たとえ同じ天然石を眺めて、似たようなイメージを抱いたとしても、それらが全く同じ色で同じ形かというと、そうではない。

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例えばスタールチルは向日葵みたいな模様が魅力だが、私の頭の中ではタイで訪れた一面の向日葵畑が思い描かれていて、妻の頭の中では保育園に行く途中の花壇に咲いている向日葵が浮かんでいたりする。

こういうささやかなひと時って、”石” という媒体を通して2人が持つ世界の中の一部分が重なっていくような感覚だ。


今の仕事するようになって、誰しもがクリエイティブなんだと感じるようになった。会社員だった頃は自分がクリエイティブだなんて思いもしなかった。育ってきた環境、おかれている社会のバイアスの中で ”創造すること” にブレーキを踏んでしまっているかもしれない。

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本屋で立ち読みしているとき、
美術館で絵を見ているとき、
公園を散歩しているとき・・・
目に入ってくるものを、想像しながらも実は自分の内なる世界へアクセスして、自分と会話している。自分の思い出や経験が蘇ってきて目の前で見ているものと重なる。こういう時こそまさに自分の脳が想像力を発揮している時なんだ。

石を見て何かを想像するのもはまた同じこと。

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デュモルチェライトインクォーツを見ると
どこかの山のふもとに流れる川、そこに朝日が当たり川辺に積もった雪が  解けてほんの少し若草が見える風景が浮かぶ。

ルチルクォーツを見ると
燦燦と照らされている夏の森に茂っている葉っぱの隙間からまぶしい日がまっすぐ地面に突き刺さる様子が浮かぶ。

バイカラーサファイアは
夜空に浮かぶ月と、町の明かりで少しだけ明るくなった深い青の空に見える。


想像が、自分の感性を豊かにしてくれる。
過去の体験や記憶は時間と共にどんどん曖昧になっていくけど、それが違う形でまたふっと現れてくる。ささやかな”あたりまえ”に気付くことでもっと心が充実する。


「枯れ木に花咲くに驚くより 、生木に花咲くに驚け」
三浦梅園のその言葉の通りに。

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天然石のInstagaram:SELSHA
ジュエリーのInstagram:MOEMI SUGIMURA
stand.fm 宝石ラジオ番組:ジェムラジ

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