見出し画像

書いたものはすべて、私の味方

第二回あたらよ文学賞は残念ながら一次通過が叶わず、講評を頂くこともできなかった。無念だった、力及ばず。

でもこのお話を事前に読んで講評してくださる仲間に恵まれ、また執筆を応援してくださる仲間に恵まれ、とても幸せに思います。

てな訳で、力及ばずではありますが、思い出も思い入れも深いこの作品を掲載します!
テーマは「青」で書いた短編は、青いランドセルのお話になりました。
多様性ゆうてますけど、むずいね多様性。

小説を書き始めてはや5年、あっという間。
できたことよりできなかったことの方が多いけど、書き続けることが楽しかったのは本当です。

よかったら楽しんでください!

『あなたの好きなランドセルを』

 苦い香りが立ち込める珈琲屋の角を曲がった先の、古い住宅街になつきくんの家はあった。駅やエリカの通う保育園と逆方向ということもあり、それより先に行くことはほとんどない。私たちのマンションからの直線距離は僅か数百メートルといったところだが、角を曲がった途端に知らない道に出る。東京にはこういう側面がある。距離の近さと関心の高さが上手く比例しない。

 なつきくんの家を出て、来た道を逆から遡るように歩く。左手をエリカの右手と繋いでいるが、エリカの歩みは遅い。顔を見ると鼻の先が少し赤らんでいた。冷たい空気のせいというより、私に叱られて泣いたのを引きずっているようだ。遊んでいる時は調子が良いのに、叱られるとすぐにしゅんとするのは、とても子供らしいことだと思う。

 なつきくんママは子供同士のことだと許してくれたが、友達を泣かせるような子に育てた覚えはもちろんない。塗り絵の時間になつきくんとクレヨンを取り合ったエリカは、結局のところ彼を泣かせてクレヨンを奪ってしまったらしい。怪我を負わせることが無かったのは不幸中の幸いだった、と加害者側の親の立場で身勝手に思う。

 とぼとぼと歩くエリカを気にせず、左手で彼女を引っ張りながら歩く。車通りもほとんどない。見通しも良くガードレールもあるので危険の少ない道だが、私は娘の手を離さない。大人しく歩いていても、次の瞬間にはあらぬ方向へ飛び出すのではないかという予測を持たなければならない。

 三八〇〇グラムで生まれたエリカはその後もすくすくと大きくなり、男の子に混じって外で遊ぶ元気な子に育った。健やかであることは喜ばしいことだ。風邪を引くこともほとんどないし、靴や服のサイズが合わなくなるたびになんだか誇らしい気持ちになる。その反面、彼女は時に、言葉や頭で考えるよりも先に突発的に体が動いてしまうことがある。落ち着きが無く、感情的になることがよくあった。自分の子供の悪い一面は、他の子と比較すると顕著に分かる。

 まだエリカは不貞腐れているのか、よちよちと下を向いて、道に転がる小石を蹴ったりしながら歩いている。どうして人のものを取っちゃいけないのか、どうして人を傷つけてはいけないか、当たり前のことを子供に一つ一つ説明するのは意外と難しい。真心を込めて伝えたつもりの言葉が、はたしてどれだけ彼女に伝わっているのだろうか。愛しているからこそ叱る親の心はまだ分かるまい。幼い娘にも認知できるようはっきりと、大きく息を吐いた。

「なんでクレヨンを取ったりしたの?」

 もう怒ってないよ、とでも言いそうなもっもとらしい声色で私は言う。

「もし使いたかったら、貸してって言わなきゃダメでしょ?」
「だってぇ」

 エリカは体をゆらゆらと左右に振り始める。私の左手も彼女の動きに釣られて大げさに揺れる。他の子より大きいとはいえ、まだ私の胸元にも届かない背丈の娘は、親の前ではこんなにも明確にか弱い。

「だってじゃないでしょ、先にクレヨンを使ってたのはなつきくんだったんでしょ? 順番、ちゃんと守らなきゃだめじゃん」
「だってね、えりもね、使いたかったんだもん」
「使いたかったのはエリカだけじゃないんだから、なつきくんだって使いたかったんだよ? なつきくんが嫌な気持ちになるかもって思わなかったの? エリカももう小学生になるんだから」

 交差点に到達し、珈琲屋の前で九十度向きを変えると私たちのマンションが視認できた。まだ日暮れも早く、西日が私とエリカの影を長く地面に伸ばしている。

 子供の成長は早い。特に身体的な成長には日々驚かされるばかりだ。不安に思うのはいつも、からだの成長とともに必要なこころの部分だ。

 夕食の支度をしているうちに夫が帰宅する。グレーのジャケットから飛び出してしまいそうなお腹。焼き魚と野菜の和え物とお味噌汁で食卓を囲みながら、今日のエリカのことを夫に話す。エリカはテレビを見て大声で笑っている。さっきまで泣いていたのもすっかり忘れてしまっているようだ。

「そっかぁ、エリカは男の子にも負けないくらい元気なんだな、子供は元気が一番」

 夫は気の抜けたことをエリカに向かって言うが、もちろんエリカはテレビに夢中で話なんか聞いちゃいない。夫もそのまま一緒になってテレビを観始める。お笑い芸人が次々にギャグをして、二人してゲラゲラと笑っている。

 私ばかりがいつも割を食っている、と思う。子供からしたら口うるさいお母さんより、一緒にテレビを観て笑ってくれるお父さんの方が良い親なのかもしれない。世の母親たちはどう折り合いをつけて生きているのだろう。焼き魚は塩気が足りず、醬油を垂らして食べた。健康的な彩りを黒色で塗りつぶす。

 夫がエリカをお風呂に入れている間に洗い物を済ませ、エリカのリュックを整理する。リュックの中も綺麗とは言いがたい。いつも私の予想だにしないようなもの——給食のパンが出てきた時はさすがに言葉を失った——が出てきたりするが、今日は一枚の画用紙が出てきた。二つ折りになったそれは、エリカがクレヨンで塗った絵だった。

 私はその絵を広げてみた。小学生になったら絵を描く時間より勉強の時間が増える。自由さの中から学びを得ることができるのは子供の特権かもしれない。

 塗り絵は男の子と女の子が、はらっぱでおにぎりを食べている絵だった。友だちと仲良く笑っておにぎりを頬張るような、そんな経験は果たして自分にもあっただろうか? 子供の頃を省みながら、エリカが塗った色に目を落とす。

 緑色で塗られたはらっぱに、ところどころに咲いている黄色い花は、きっとたんぽぽだ。男の子のTシャツは赤く塗られ、髪とランドセルは黒一色。

 そして隣に座っている女の子はとても綺麗な、青いランドセルを背負っている。

「エリカのお転婆にはまいっちゃうなぁ」

 風呂から出た夫が笑いながら言う。

「笑い事じゃないよもう。人のクレヨン取って泣かせておいて、エリカったら知らんぷりしてお絵描きしてたって」
「そっかそっか。あれかなぁ、エリカはたぶん、人にものを取られたら嫌だってのが、まだいま一つ分からないのかもな。エリカは自分が大事にしてるものを人に取られたりしたことないのかもよ、もう少し、相手の気持ちになるってことを教えてやらないとなぁ。エリカにさ、高価なものじゃなくていいけど、エリカが気に入るものを持たせてやったらいいんだよ。もう小学生になるんだし、自分がものを大事にしていれば、人のものを雑に扱ったりしないでしょ、ね」

 夫がすぐに結論を出そうとするときは大抵、真剣に取り合わない方が建設的に思われる。問題の断片を搔い摘んだだけで一部始終を理解した風に言われるのは何となく腹立たしいし、すぐに人の本質を見抜いて的確な助言をしているというような態度をされるとこちらとしては気持ちが良くない。

 私は話し半分に夫の話を聞きながら、適当なタイミングで話題を少しだけ変える。

「ねえ、これ見てほしいんだけどさ」私は夫に、先ほどの塗り絵を見せた。画用紙いっぱいに様々な色が散りばめられているなか、ひと際目を惹くランドセルのブルー。

「エリカ、青いのが欲しいのかな?」

 夫は少し驚いた様子を見せつつも、「いいんじゃない? 今はいろんな色があるみたいだし、同僚の子も茶色にしたって。今どき普通でしょ」と言った。

「まあ俺らの時はだいたい男は黒で、女の子は赤だったけどね」

 春には小学校に入学して、こころもからだも大きくなっていく娘の姿を、ごく自然に、赤いランドセルと共に想像していた。

 同級生はみんな、男子は黒で女子は赤。ほとんどの子が性別に従ってランドセルの色を選択していた。少女、つまり幼い日の私も当然赤いランドセルを背負っていた。

 たくさん並んだ赤いランドセルから自分のものを見分ける方法はわずかな色合いの違いや錠部分の微妙な形の差異くらいだったが、不思議なことに間違えることはなかった。ふざけて友達のランドセルと交換してみたときは、自分のものとは背中に当たる革の感覚が全く異なるのに驚いた。同じような形をしているのに、自分だけのものだとはっきり分かる。少女には姉がいたが、ランドセルはおさがりではなく新品だった。おもちゃに服に靴だったり、多くのものに姉のおさがりをあてがわれてきた少女にとって、それは本当に宝物のように大切なものだった。

 新しいものを持つのはとても気持ちがいい。自分だけが大きな愛を受けているような気分になる。友達にも自慢したいくらいで、けれど友達もみんな綺麗なランドセルを背負っていて、それが幼い少女のごく当たり前。

 例外、と簡単に枠組みの外に出してしまえるほど、古くて傷や汚れているダイちゃんのランドセルは目立っていた。入れ替わりで小学校を卒業したお兄さんが使っていたものをそのまま貰ったのだという。彼は気にせず使っていたけど、見るからにボロボロだった。どうして新しいのじゃないんだろう? 子供は差異に敏感だけれど、そこにどんな原因があるかなんて気にしない。ただ、自分とは違うことだけを本能的に分かる。

 ダイちゃんはクラスでたびたび問題を起こしていて、その原因を彼の頭がおかしいとか、彼の家がおかしいとか、みんなそういう理由で片付けた。例えばある日には授業中にそわそわと落ち着きなく机を叩きだしたかと思えば、突然大きな笑い声を上げたりした。またある日には校庭の端にあるフェンス沿いに植えられた生垣から葉っぱをむしり取って、あろうことかそのまま口に入れて咀嚼したりした。

 一番酷かったのは、急に自分の机を掃除し始めた時のことだ。三年生の冬の日だった。授業の合間の休み時間で先生が教室にいない中、隣に座っていた女子が悲鳴を上げたのを覚えている。彼はよれた黒いパーカーを着ていて、おもむろにその袖口を自分の口元に近づけた。彼の唾液で濡れた袖口は一部分だけ色が濃くなって、それをまるで雑巾代わりにして自分の机中を拭きだした。机の表面から縁の部分、脚や引き出しの外側の部分まで、丁寧に拭き始めたのだ。

 教室では男子と女子が隣の席になり、隣同士は机をくっつける決まりだった。もちろんその行為を目撃した瞬間、隣の女子が飛び上がるように彼を避け、机を彼の隣から引き剝がすように距離をあけたのは言うまでもない。

 事件はすぐに学年中に知られることになった。女子はみんな彼を避けたし、男子も彼をからかって遊ぶ人を除いてはみんな似たような反応をした。

 彼は頭がおかしくて、汚い。

 クラスからの彼の評価が決定したものすぐだったし、明確な嫌悪対象を共有した女子たちの結束は強かった。席替えをした後も、隣になった女子はみんな、彼の机と自分の机を必ず五センチほどの距離をあけて、彼の荷物や彼自身と自分のものが触れ合わない様に注意した。

 そのうちにクラス全体が彼をばい菌のように扱い始め、本気で嫌がる女子たちと一緒になって男子たちも彼をからかい出した。彼の体操着や給食着をドッヂボールのように誰かの体に投げつけると、ぶつけられた部分が汚れてしまったというような仕草で拭い、今度は氷おにのように他の人にタッチして汚い菌を移し合う。幼い子供は無邪気で容赦がなかった。

 ダイちゃんのボロボロのランドセルも同じように男子たちが投げ合い、粗雑に扱っているうちに、彼のランドセルは壊れてしまった。肩のベルトの部分が切れ、元々へたっていた大マチの部分もさらに潰れてしまった。

 これにはさすがに男子たちも少しは申し訳なく感じていたようだったが、ダイちゃんは次の日、いつにも増してへらへらとしながら手提げかばんを持って登校してきた。教科書がすっぽり入る大きさの手提げは空のような明るい青色で、ボロボロのランドセルよりもよほど綺麗なものに見えた。

「遊んでて壊れちゃったってママに言ったら、怒られたけど買ってくれた」

 ダイちゃんはなぜか分からないけど嬉しそうにしていて、それが本当に気持ちが悪かった。

「あ、そうそう」

 平日の昼過ぎから話す話題なんてほとんどないだろうに、電話口の母がわざわざ会話を弾ませようと試みる。イヤフォン越しに聞く声から、彼女の老いを正確に拾い上げるのは難しい。かつて私を躾けした張りのある声で彼女は続ける。

「そう言えば、少し入れておいたから。お金。入学祝いに。エリカちゃんの」

 エリカは両親にとっても初孫だから、お金も愛情もたくさん注ぎたいらしい。姉には結婚の意欲もなかったので、待ちに待った初孫、と言ったところなのかもしれない。

「え、そんないいのに」
「いいのいいの、こんなのは今だけなんだから甘えなさい。好きなものでも買ってあげなさい」

 こういう時、経済的な余裕と健康面での不安の少ない親の存在はありがたい。お金を使うべき時に躊躇いなくその判断を下すことができる豊かさは育児に対する不安の多くを取り払う。

「あっという間に小学生ね、すくすく大っきくなって」
「大変だよもう、男の子に混じって喧嘩したりさ」

 愚痴を交えながら洗濯物を取り込んでいく。夫のワイシャツを取り出し、一番上の青色のシャツをアイロン台に広げる。外の空気に晒された布はひんやりと冷たい。

「いいじゃない元気で。あんたはなかったもん、反抗期とか」

 姉と違って、というニュアンスが隠されていないか、つい探ってしまう。内気だった私と活発な性格の姉は、幼いころからあまり似ていなかったように思う。私には反抗期がなかったと寂しがる母だが、より手を焼いた姉のほうは冗談にすらしない。母にとっては期待に沿って成長した妹の方が受け入れやすいのかもしれない。親の世代からしたら、娘は早くに結婚して立派に子供を育てることほうが、幸福そうに目に映るのだろうか。夫のワイシャツは襟から袖まで丁寧に皺が伸ばされてゆく。新品同然とまではいかないが、夫の身体にフィットするよう、その形状を整えてゆく。去年から役職が付いて部下がついたことを夫は誇りに思っている。夫にとって仕事を通じて評価をされることは重要度の高い幸福なのだと思う。

 幸福は人それぞれにあるが、大枠で括ることは可能だ。人がどれだけ満たされているかどうかを客観的な基準で判断することで、社会の中で自分がどれほどの立ち位置にいるのかを実感として知ることができる。一般的に、人から見てある程度幸福に見えることのほうが、個人が瞬間的な豊かさを感じることよりも価値の高いことに思われている、と思う。大人になって多くの他人と関わるにつれ、自分と他人の境目が曖昧になる。遠足の前に忘れ物が無いか確認するみたいに、自分が満たされているかどうかチェックを付ける。健やかに成長する娘、チェック。生活に十分な稼ぎを持つ夫、チェック。手厚い援助をくれる両親、チェック。親の不満を一心に担ってくれている姉、チェック? 退屈な時間を持て余す程度にはある余裕、チェック。

「てか私だってあったでしょ反抗期くらい」
「いやいや、あんたはいい子ちゃんだったよ、お姉ちゃんに比べたら」

 今度ははっきりと姉と比べられ、鼻の先がひくりとした。今どき結婚も出産も望まない女性なんて珍しくもないだろうに。ましてや会社に勤めるだけが仕事ではないということさえ、母のような価値観の人に上手く説明する方法はあまり多くない。

 わずかに垣間見えた姉の話題は、やはりほとんど盛り上がりを見せることもなかった。自分が産んだ娘と、娘が産んだ孫娘では、母はどちらのほうが愛しく感じるのだろうか。人が誰にどんな感情を持つかは他人の知るところではないけれど、できることなら優劣を付けずにいたいものだと思う。あるいは無意識のうちにしている差別を、自覚しない方が幸福だ。

「じゃあ体に気を付けて、エリカちゃんのランドセル姿が楽しみだわぁ」

 おそらく——ほとんど間違いなく——母もまたエリカのその姿を、赤いランドセルと共に想像しているだろう。

 アイロンをかけ終えたワイシャツをハンガーに掛ける。手のひらに人工的な温もりが伝わってくる。レースカーテンを透過する日差しも温い。冬の終わりももうすぐだろうか。

 私はあくびが出そうになるのを簡単に手で抑えた。我慢する必要はないのだけれど、気が緩んでしまうことに抗ってみたくなった。ワイシャツの青色を頭の中でエリカのランドセルに重ね合わせる。爽快なほどの自由だ。


 例の一件以来、エリカは家でも塗り絵に夢中だ。保育園が用意した塗り絵は地味で面白くないらしく、代わりに買ってあげたエリカが好きなアニメの塗り絵で毎日のように遊んでいる。様々なポーズのキャラクターたちが、娘の手でカラフルに色付けされていく。

「最近は男の子もいるらしいね、プリキュア」

 エリカの塗り絵を覗き見ながら夫が言う。

「え、そうなの?」
「そそ、多様性多様性」

 一目にはどのキャラクターも女の子に見えるのは、女の子向けのアニメだと知っている先入観のせいだろうか。エリカの目にはこの絵が私とは決定的に違って見えるのかもしれない。みんな長い髪で、カラフルで可愛い衣装を着ている。どれもとても女の子らしい要素だけれど、どれも女の子だけに許されたものではない。スカートだって男の子が履いたっていいのだ。

「すごいね、多様性」
「そのうち人じゃなくても良くなるかもね。ロボットとか」

 そうなったらいよいよ少年マンガの世界だな、と思ったけれど、それももう死語かもしれない。少年マンガははたして、男の子のために作られているのか? 

 エリカが熱心に塗っているキャラクターもまた衣装から髪の毛まで綺麗な青色をしている。空をモチーフにした新シリーズのテーマは「知ることで広がる世界」だそうだ。

「むげんに広がる青いそら!」

 画用紙と右手を真っ青にしながらエリカはやはり、いかにも子供らしく笑う。

 以前ネットの記事か何かで「女の子が青色を好きなのは、自覚的に女の子らしさからの解放を求めた結果」だという言葉を見た。「青は男の子の色で、女の子は赤やピンクが好き」そんな表層的にラベリングされた女の子らしさに対して、一応は筋の通った意見のように思える。でもよく考えれば、不思議の国のアリスもシンデレラも青い服を着ているし、他にも服や髪色やイメージカラーに青色があしらわれているキャラクターは無数にいる。そもそも色で性別を分けることが今や時代錯誤に思われる。子供は子供らしい自由さを以って自分の好きなものを獲得していけばいいし、女の子らしさなんかより自分らしさの方が大事、だなんてまた、ネット記事のようなことを考える。

 多様性という言葉以前に、我が子のことを理解して、尊重してあげたいというのが親心だと思う。エリカが何を好きで、どんなものを欲しがっても、基本的には応援してあげたい。十分に彼女が考えた結果なら、それが人を傷つけたり配慮に欠けたりしないものでない限りは叶えてあげたい。彼女を広く受け入れてあげたいのだ。

「エリカ、今度パパと一緒にランドセル買いに行かなきゃね」

 楽しそうに塗り絵をするエリカと、それを微笑ましく見ている夫。私もそれをとても近くで見守っている。頭の中のリストに、太いクレヨンでチェックをつける。


 日曜日の朝、アニメが終わるのを待ってからエリカを買い物に連れ出した。普段から落ち着きのない子ではあるが、確かに自分がランドセルを買ってもらった時も地に足がつかないような喜びをしたものだ。心なしかエリカはいつもより一段と溌剌としているように見える。

 百貨店の上階はベビー用品から学生服まで、子供が節目を迎えるのを一緒に喜んでくれるような空気で満ちている。華やかなランドセルが並んだ棚はその中でも最も目を惹く位置にあった。赤と黒はもちろんのこと、青に至っても水色から紺色まで、中にはパステルカラーだったり花柄の装飾が入った可愛らしいものまで、多種多様なランドセルが並んでいる。

 夫といくつかのランドセルを選んでいるところに若い女性の店員が声を掛けた。私よりも若い。エリカくらいの年齢の子供を育てたこともないだろうな、と瞬間的に思う。そんなことが彼女の仕事に何も関係しないことは分かりきっているのだが。

「こちらは裏地も可愛らしいんです。それにとても軽いので、お子さんのご負担が少ないのもあってとても人気なんですよ。毎日使うものですから」

 かぶせ部分に触れるときめ細かな牛皮の質感が指先に吸い付いた。優しい色合いの赤色に対し、光沢を丁寧に抑えられたゴールドの金具が上品だ。鍵を開けると内側に広がるタータンチェック柄が顔を見せた。可愛らしくて、美しい。

「これ、めっちゃ良くない?」

 私が子供だったら間違いなくこんなランドセルを欲しがるだろう、と思いながら値札に目をやると、七万円近い金額に驚く。夫は値段を気にしていないのかもしれない。あまり買う機会のないものではあるが、こんなにもお金がかかるものなのかと改めて感心した。店員の勧めによれば色やデザインをオーダーメイドで作れるランドセルもあるらしくて、それは流石にこだわりすぎな気もするが、それだけ一人の子供に対する愛情を表現する方法が巧みあるのだなと思う。もしくは少子化に対して品質と特別感で売り出したい店側の思惑かもしれない。子や孫の節目に金に糸目を付けたくないと考える人も少なくないのだろう。

 どんな選択にしても、娘が納得するならそれでいい。好きなものを買ってもらえることがどれだけ特別なことかを、今はまだエリカが気がつかなくてもいい。自分が自由であることは、長い年月を経た後で初めて実感として理解することができるものなのだ。そうして長い人生のいつかどこかで、自分が愛されていることが分かればいい。

 ちょっとトイレ、と夫はフロアの端へ早々に消えていく。自分が良いと思ったものが見つかることで、自分の役割に区切りがついたと感じるものだろうか。自分の娘はきっと自分と同じ感性でランドセルを選ぶと疑わないものだろうか。夫と私も同じ人間ではないし、同じ思考をしているわけでもない。気に入らないこともあるけれど、それでもそれらの差異をも受け入れて私たちは共にいる。遠のく夫の背中から視線を外し、エリカがランドセルを選ぶのを待つ。自分の背中がすっぽり覆われてしまうような大きな四角いカバンの中に、小学生になる娘のどんな気持ちが詰め込まれるのだろう。不安もあるだろうけれど、それでも期待やわくわくした気持ちがたくさんあればいい。

 いくつかのランドセルを手にしては元に戻し、手にしては元に戻し、エリカの手が止まったのを見て、私は彼女の傍に歩み寄った。

「いいの見つかった?」

 私の問いかけは緩んだ口角から滲みだすようにエリカまで届く。エリカの好きなものを買ってあげたいという気持ちが、私の体の内側からじんじんと染み出してくるようだ。それに対してエリカは、ふるふると小さく、首を何度も横に振った。

「え? なに、どうしたの?」
「いい」
「いいって、何が?」
「やっぱいい、いらない」
「え?」

 それは全く予想だにしない回答だった。私の頭は一瞬で真っ白になり、そして直ちに自分を取り戻すように、「だって、エリカの好きなランドセルを選んでいいんだよ? 赤色でもいいし、青いやつだってあるよ? 上手に塗り絵してたじゃん」エリカに言うべき言葉を探して塗り潰していく。エリカは下を向いてしまっている。その小さな体の上から覆い被せるように私の言葉が重なる。

「だって小学生はみんなランドセルだよ? エリカだってもう小学生になるんだから買わなきゃ、もしかして良いのなかった? 他のところ行ってみる? 今日はパパもいるから車で行けるし」

 エリカはまた小さく首を振った。いたいけでいじらしい仕草が実に子供らしい。こういう子供らしさを出すのが得意な子なのかと、我が子ながら感心する。

 たくさん並んだカラフルなランドセルが視界の端でちらついている。私が子どもの時はこんなにたくさん種類はなかったけれど、だいたい赤か黒かの二択だったけど、みんなランドセルを持っていた。若い店員が子供の頃だって、多少は色の違いがあっても、みんなランドセルだったはずだ。親や祖父母がランドセルを買い与えることにはたくさんの想いが込められている。

「じゃあ何、あんた、ランドセル背負わないで学校行くわけ? だってみんなランドセル買ったって言ってたよ? エリカだけ今使ってるリュックで行くの? みんな綺麗なランドセル持ってるのに、エリカだけリュックでいいの?」

 エリカは先ほどよりも大きく首を横に振る。自分が否定されているように私は感じる。

「せっかく買いに来たんだから、今日買っちゃおうよ、だって好きなやつ選んでいいんだよ? エリカが選んだやつならどんなのでもいいんだよ?」
「やぁだぁ」

 追い打ちをかけるようにエリカは大声で喚きだした。やだやだ、だってだって、と言葉にならない言葉の繰り返し。何か伝えようとしているのだろうけど、上手く言えなくてまた泣いてしまう。

「なになに、どしたの? 大丈夫?」

 夫が戻ってくるなりエリカは夫に抱きついた。夫も自体が飲み込めないらしく、泣いているエリカにおろおろと狼狽えるばかりである。

 どっと肩の荷が重くなった。そうなって初めて、自分は何を背負っていたのだろうかと考える。楽しそうに塗り絵をしていたエリカの姿が、既に遠い昔のことのように感じられた。

 若い店員がバツの悪そうな顔でこちらを見ているのが分かる。子供連れしか来ない店なら、こんな光景も見慣れていそうなものだろうけれど、若さと幼さと未熟さとはそれぞれ紙一重にあるのだと思った。

 ダイちゃんへのいじめは一時よりも落ち着いたように思われたけど、遊びと判別がつかない程度の荒々しい行為は続いた。男子はダイちゃんの荷物をみんなでパスし合って遊んだり、ヒーローショーのように勢いよくぶったり蹴ったり。

 ある日、下校途中の少女の前で、男子たちがダイちゃんを地面に転ばせた。巧みに足を引っかけて、道端の草木が生えた土の上にダイちゃんは派手に転んだ。青いかばんもまた土の上に放り出された。

 男子たちは笑いながら走り去っていくと、少女はゆっくりとダイちゃんに近づいて、こっそりと様子を窺った。ダイちゃんは顔を下に伏せたまま地面を見ていた。泣いていたのかもしれないが、少女には分からない。少女は彼と無関係だった。もしも自分がいじめられていたら、自分と親しい子がいじめられていたとしたら、あるいは自分が彼を転ばせて明らかないじめの加害者だったとしたら、それらを想像するのは全て無意味に感じられた。実際には私とダイちゃんはただのクラスメイトで、いじめられっ子と、ただ同じクラスにいる女の子という関係にすぎない。自分が彼を痛めつけているわけでもなければ、私の力で彼への嫌がらせを止められるわけでもない。

 ダイちゃんはそのうちにゆっくりとかばんから散らばった教科書を拾い始めた。かばんも土に汚れてしまって、鼻血も出してしまっており、服にも汚れが広がっていた。それでもにやにやと笑っていた。

「なに笑ってんの?」

 少女の声に反応して、ダイちゃんが振り返る。驚くこともなく、笑ったままダイちゃんは「お花咲いてる」と言った。

「ほら、ちっちゃいお花咲いてる」

 彼の指差すほうを見ると、雑草に混じって確かに小さな青い花がいくつか咲いていた。汚れた服と手でダイちゃんは花をつまんだ。汚い手の中で花弁の青が異物のように浮いている。

「ぼく、お花、好きなんだぁ」

 それから少女はダイちゃんから目を逸らすようにして、逃げるようにして家路についた。

 少女は彼のことが苦手だった。でも苦手なだけで、嫌いなわけじゃない。いじめに加担して学校に来ないように追いやりたいわけでもないし、彼を傷つけたいわけでもない。彼が他の子と違う子だというだけで、彼自身が悪いわけではないことも分かっている。ただ、生理的に彼のことを受け入れられない。気持ちが悪い。ただ彼が近くにいるだけで背筋が凍るような気分になった。だから少女は席替えして以来、一度も隣の席と机をくっつけることができなかったのだ。

 担任の先生がホームルーム——当時は違う名称だったと思うが、とても思い出せない——を開いたのはそれから更に後、議題はダイちゃんのことだったが、それはいじめの話ではなく彼の転校の話だった。親の仕事の都合で春休み中に引っ越しすることが決まったらしい。

 ダイちゃんは変わらずにやにやしながらみんなへ別れの挨拶を口にした。ふらふらとからだを揺らしながら、最後まで落ち着きがない。

「なぁ、お前マジ転校すんのかよ」

 ホームルームが終わった後で、彼をいじめていた男子たち数人がダイちゃんの席に来た。転校先はどこなのか、親がどんな仕事してるのか、そんな他愛無い話をいくつかした。いつもならダイちゃんをからかったり、ものを取ったりして遊ぶのに、今日ばかりはいかにも親しい友達と言わんばかりに。ダイちゃんばかりはいつも通り、何も気にしていないとばかりに笑っている。

「あのさ、俺らお前にちょっかい出したりしてたじゃん、あれってなんかさ、お前いつも笑ってたからさ、でもなんか、たまにやりすぎてた気がして、なんか、ごめんって感じで、うん」

 彼らなりの謝罪と思われる曖昧な言葉が、隣の席の少女にも聞こえる。それが何を意味するのかは少女には理解できないが。

「てかまた遊ぼうな」

 最後の別れ際だけでも、彼らはダイちゃんのことを受け入れられたと、自分のことを納得させたいのだろうか。謝れば全部解決すると思っている傲慢さは、時に自分を楽にする。

「てゆうか、女子もけっこうひでぇよな。ダイちゃんのことマジで汚いもん扱いしてさぁ。あんなんで病気移るわけねえのに、本気にしてんじゃんあいつら」

 少女は鳥肌が立った。間もなく春を迎えるというのに、強い寒気が背筋に走る。少女の意識は、五センチ離された自分とダイちゃんの机に向かった。

 私はダイちゃんを直接叩いたことなんてないし、面と向かって悪口を言ったこともない。なのにどうして、自分が一番悪いような気持ちにならなきゃいけないのだろうか。男子たちだってみんな彼をからかっていたのに。他の女子たちだって同じように彼に酷い扱いをしていたのに。少女は男子たちから強い視線を送られているような気がした。それでも少女の手は膝の上から動かない。男子たちに言葉を返す勇気はないけれど、ダイちゃんに悪いことをしたと受け入れることもできない。ダイちゃんの机との距離を詰めることが、少女にはどうしてもできない。

 もう全部が全部嫌だと少女は思う。早くみんな、綺麗さっぱりダイちゃんのことなんて忘れてしまえばいい。軽薄な繋がりを卒業して、早く大人になりたい。大人になって、色々なことに諦めをつけて生きていきたい。

 ベランダから見る夜空は晴天だが、星はほとんど人工的な明かりにかき消されている。冷たい空気が頬に触れる。私はこの時期の夜の外気が好きだ。頭の中が静かに冴えていく感じがする。

 電話を掛けると相手はすぐに出た。驚く声も久しぶりに話す声もイヤフォン越しだとやや味気ないが、姉の口調は記憶の中と変わらない。

「珍しいじゃん、どしたの?」
「いや、別に大したことないんだけど、たまには」
「なんかあった?」
「お姉ちゃんこそ今何してんの?」

 姉は車で各地を旅しながら、絵を描いたりエッセイのような記事を書いているらしい。そういう仕事があることは理解できるが、まるでフィクションのように私には馴染みがない。

「ねえ知ってる?」と姉は言う。「空気が綺麗だと星はめっちゃよく見えんだよ」

 吐いた息は白く、ゆっくりと天に昇る。

「冬とか寒いところって、空気に含まれてる水蒸気の量が少なくなるから、星の光を遮るものが少ないんだってさ。一緒にニュージーランド人の子と倶知安でキャンプしたんだけど、その時にその子から聞いたの。まだ二十歳になったばっからしいんだけど一人で旅行に来ててさ、なんか彼氏にフラれたから傷心旅行だっつって、ノリと勢いで来たんだってさ。海外行こうならまだしもチョイスすごいなって思ったんだけど、この辺はスキー場とかなかなか有名なんだってね、知らんかったよ。てか普通にめっちゃいい子だった」

 姉と知らない外人が二人で星空を見上げている姿はイメージするのは難しいが、そういう光景を絵にする姉は想像できる。昔から勉強や仕事や遊びを自分の関心のために引き寄せることができる人だった。子供の頃は逞しく、大人っぽい姉を羨ましがったりもした。忘れかけていた少女時代を寒空に思い出す。

 私は姉に、先日のランドセルの話をした。姉はというと、解決策を考えるでもなく、ただ聞いているだけ。

「お母さんは大変だね。エリカちゃんももう小学生だもんね」
「ほんと大変」
「すげえね、なんか、あたしが知らない大変さなんだろうな」
「他人事じゃん」
「まあ実際そうだし」

 結婚にも出産にも興味がない。会社に勤めている訳でもなければ、どこかに居を構えているわけでもない。そんな人間からすれば私の話などたしかに他人事だ。でもその距離感がありがたいときもある。親や夫より疎遠な身内は、エリカに対してどんな期待も背負わせない。

「あたしもなんか入学祝い贈ろっかな」
「いいよ別に」
「やっぱ食べ物がいいな、嫌いな人いないっしょ。こっちの果物まじ甘いの」

 姉の笑い方は軽やかで、とてもすっきりしている。夜風もなく、その音を誰も遮らない。

「エリカちゃんはどんな大人になるんだろうね。あんたの娘だし、やっぱりあんたに似るのかね。ってそんなことあたしが言うべきことじゃないもんね、ごめんごめん。じゃああたしから言うべきことって何だ? まああれだね、勝手にエリカちゃんがどんな子になるか楽しみにしてるよ。小学生になっていろんな勉強をするでしょ。国語の授業で本とか読んだり、歴史の勉強して昔の方が良くね? みたいに思うかもしれんし、理科の授業で星の動きとか習ったら、プラネタリウムに行きたいとか言うかもよ、そんで綺麗だなって思うのか、それとも暗いし退屈で眠っちゃうのか、どっちも子供らしくて可愛いじゃん。でもエリカちゃんは体動かすのとか好きそうだし、やっぱスポーツかな。最近は野球もサッカーも女の子いっぱいいるもんね。男の子に混じって活躍したら超気持ちいいだろうなあ。それとも全然知らないスポーツに興味持ったりするかもだし、てか親も知らないものを子供はいったいどこで知ってくるんだろうね? テレビやYouTubeで変な動画は見ないといいけど、感動するような経験がこれからたくさん待ってんだろうね。いったい五歳の女の子が、どんなものに感動して、どんな風にあこがれを持つんだろうって、そういうのを傍で味わえるってのは確かに、お母さんの特権ってやつなんじゃない?」


 暖房の効いた室内の空気もまた、私を包み込むように優しい。リビングに戻るとテーブルにはまだ塗り絵とクレヨンが広げられたままだった。ぱらぱらとページを捲っていく。大きく描かれた主人公は、黒線をはみ出すほど色濃い青に染まっていた。

 風呂から上がった夫とエリカが、まだ湯気の立った体でリビングに戻ってくる。夫の腹の出た体とエリカの幼い体は、親子なのに似ても似つかないシルエットでおかしい。

「なんか、不安とかとか感じてるみたいよ、五歳児なりに。ほら、この辺だと学区が別れちゃったりするし、友達と離れちゃうしね。エリカは甘えん坊だし、この子なりにいろいろ考えてるんだなぁ」

 子供の成長はあっという間だ。夫はいつものように一人で結論づける。夫はまだ生乾きの足で冷蔵庫に向かう。バニラアイスとスプーンを持ってくると、エリカも目を輝かせた。お風呂上がりのほてった体に、冷たいアイスクリームを堪能する。夫は外の世界の冷たさを知らないのかもしれない。エリカはどうだ。いずれ近いうちに、全部分かる時がくるだろうか。

「またそんな恰好でそんなの食べて」
「大丈夫だよ、なぁ」

 エリカはアイスを夫から受け取ると、はしゃぎながらアイスの一口目をスプーンに取った。小さなスプーンに収まり切らないほど大きな一口は、案の定、その重さでバランスを崩して落下する。

「ああ、もうほら!」

 ぼとりと落ちたアイスは塗り絵の上に乗っかって、甘い液体がキャラクターの青い服の上で溶けはじめる。エリカに布巾を渡すと、エリカはそれで塗り絵を叩くようにして拭いた。夫はそれを見て笑っている。

「これ片しちゃうからね!」

 塗り絵の女の子が少し滲んでしまい、布巾にクレヨンのブルーが移る。そしてそのどちらからも、バニラアイスの甘い匂いが香った。

 エリカが次の一口をスプーンに掬う。今度は溢れることなく持ち上がり、そのまま口の中に収まる。冷たいアイスはエリカの口の中でやがて溶けて、いずれ大人になる彼女の中へ。また次の一口が、期待に満ちた輝きと共に、スプーンの上で甘い匂いを放っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?