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強風

 ひどい風が吹くのが、もう数週間も続いている。
 ガラス窓にはベニヤやダンボールが貼られている。それでも飛んできた石礫に当って、隅の方にヒビが入ってしまった。その隙間から外を覗けば、風に舞って何か服のようなもの、紙切れや板のようなものが飛んでいるのが見える。外に見える木々はみな葉を飛ばされて丸裸になっている。道を歩く人はほとんど居ない。居ても道を這うように進み、車に乗り込むまでの間だけだ。
 ゴウゴウいう風の唸りと、一時間に一回くらいには、それだけではない大音響が響く。看板が引き剥がされたり、何かが倒壊した音だろう。
 外を覗くたびに、見慣れた光景が少しずつ変っていくような気がする。風によって何かが吹き飛ばれているのだろう。今住んでいる部屋は鉄筋コンクリートだから、おそらくこの強風にも耐えるだろう、……多分。しかし、時折風が更に強くなるたびに、壁からミシリという音や、ビリビリするような振動が伝わってくる。木造の家屋は倒壊したところも多いらしい。
 テレビもアンテナが吹き飛んでしまって映らない。携帯電話も基地局のアンテナが壊れたところも多いらしく、繋りにくくなっていたり、音が悪くなったりしている。
 車がない家庭では、食料品の買い出しにいくことも困難であり、家にあるものを食べ尽くしてしまうだろう。幸い、私は登山の趣味から保存食の備蓄はあった。しかし、数時間前からついに我が家も停電になった。
 この大風の始まりから、ずっと停電になっている家々は多かった。送電網が強風にやられたのだ。この近辺は電線は埋没させているらしくて、送電は不安定ながらも続いていたが、ついに送電の上流が壊れてしまったのだろう。冷蔵庫の中のものを優先的に食べなければならないが、そもそもその中にもう食べ物はそんなに入っていない。
 水道はまだ出るが、水道施設にも停電が及べば、これも出なくなるだろう。轟音につつまれて、窓を塞いて暗い室内の中で、空腹を感じながら、ソファの家でじっとしている。不思議と不安はなく、今この瞬間にこの家が崩れても、従容とそれを受け入れられる気がする。
 大風はいつまで続くのだろう。シンプルな大気の暴力によって、地表はならされてしまうのだろうか。人間がその表面に置いたり、貼り付けたりしたものが、みんな剥れてしまうのか。それはそれでいいような気がする。静かで緩慢な死、というわけにはいかないが。轟音の中で少しずつ死んでいくのもいいような気がしてくる。


(記: 2021-08-06)

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