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トカゲになる

 足の先から少しずつ、トカゲに変っていった。最初は足の爪の形が変ったことから始まった。
 ぶ厚くなっていく。どんどん伸びていくが、爪が厚くて、爪切りが役に立たなくなっていった。そもそも固くなり過ぎて刃が立たない。そうこうしているうちに爪の甘皮の部分から、盛り上がってきて、そこも固くなっていった。
 気がつくと足の指は灰色の鱗で覆われていた。
 最初はカサブタのようなものかと思っていたが、固いところは同じでも、細かく分かれて構造のようになっている。それから光沢があり、光を当てると七色に光った。
 指から始まって、爪先から踵に鱗が伸びる頃には、骨の形も変っていった。細く伸びていくようだった。鱗が足首まで伸びる頃には、足はほっそりとした地を這うためのデザインとなり、地面を踏み締めて歩くことはできなくなっていた。足だけひんやりとした感蝕があり、妙に心地が良い。
少しずつ、少しずつ鱗が身体を這い上がり、それにつれて身体の形も変っていく。今では脛の半分くらいがトカゲになっている。
 病院にも行けない。そもそもまともに歩けなくなっているので。家から出れない。宅配で食料品を注文し、それで食い繋いでいる。食べ物の好みも変っている。果物ばかり食べるようになった。
 家の中では四つん這いになって移動する。自分が人間でないものに変わっていく感覚は、絶望と焦りを産んだが、同時に我ながら奇妙なほどの落ち着きがあった。
 諦念というか、なるべくしてなるようになっているのだという感覚である。私という女は少しずつトカゲになっていく。それは昔から、私が生まれた頃から決まっていることだったのだ。
 若い女として身体に気を使ってきた、色々な化粧品を塗りたくってきた身体は、為す術もなく人ではないものに入れ換っていく。念入りに手入れをして綺麗だと誉められたこともある脚が、端からトカゲに変わっていく。角質もきれいに削っていた足は、トカゲのゴツゴツした肌目になった。
 しかし、トカゲの肌はどこか美しい。彩度の薄い虹をまとっているかのようだ。トカゲ化はどこまで続くのだろうか。私は全身トカゲになるのだろうか。私の人間としての部分は耐えきれずに、どこかに助けを求めるかも知れない。それは自殺という形かも知れない。
 しかし、耐えきった先には何があるのだろう。私はすべてトカゲになるのだろうか。そうなったときに、今物を思う私は、私のままなのだろうか。トカゲとしての私は、今とは違うように物を思うのか。
 床を這うときに、トカゲの爪がフローリングにぶつかり、カチカチと音を立てる。数カ月後、いや数日後、私はどのような生き物になっているのだろうか。


(記: 2021-10-11)

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