コオニユリ

戦場のエブリワンズ・ライフを東京の辺境から見つめています。好きなもの、プリン 苹果酒 …

コオニユリ

戦場のエブリワンズ・ライフを東京の辺境から見つめています。好きなもの、プリン 苹果酒 コムデギャルソン ベランダから見る明け方の月。ミラノサンドはA派。コオニユリから見た退屈で愛すべき世界を日々綴っています。

最近の記事

『優しさのすべて』観てきたよ 〰「身体」という呪文でチチンプイ!にはもう頼らない の巻 その3〰

前回までのあらすじ:映画に於ける観客の身体と作り手の身体について考えたコオニユリ。そしていよいよ『優しさのすべて』の居心地の悪さについて、整理してみようと試みるのだった。 ドゥルーズという補助線 最終回と言ってましたが嘘でした。泣きの一回、いや二回か。書いてみないと分からん、ごめん。 さて、『優しさのすべて』のマアサのクロースアップのことでした。 何か異様な感じが冒頭からする。それが何なのかを考えてみようとしたところで、力尽きちゃった。 さて、これまで考えてきた「身体」

    • 『優しさのすべて』観てきたよ 〰「身体」という呪文でチチンプイ!にはもう頼らない の巻 その2〰

      昨日までのあらすじ イメフォへ『優しさのすべて』を観に行ったコオニユリ。ある程度予想していたものの、それを上回る衝撃をうけて腰ぬかしそうになった。 その核心は「身体」にあると睨んだあたしは、これまでの映画に於ける身体についておさらいをするのであった。 シャビロからヴァレラへ 中々作品解釈にたどり着かなくてごめんね。でも大事なことなので。 さて、認知派も構造主義・ポスト構造主義・精神分析派もなかったことにしてきた、というか観客を「まなざし」に映画作品を「テクスト」に還元し

      • 『優しさのすべて』観てきたよ 〰「身体」という呪文でチチンプイ!にはもう頼らない の巻 その1〰

        本当はリヒターか予告先発である島口大樹について書こうと思ってたんだけど、映画ネタになってしまった。ってか島口について書くために横光利一読んだり、ジュネット読んだり、栗蒸し羊羹食べたりしてたら一週間があっという間に過ぎちゃった。次こそ島口。リヒターは本気だすと疲れるから、そのうちね。 『優しさのすべて』の前に、二日続けて渋谷にいて疲れちゃったけど楽しかったのでそのお話。 渋谷ユーロスペースで上映中の『NOBODY KNOWS チャーリー・バワーズ発明中毒篇』をやっと観てきたの

        • ゴダールと映画館Stranger〰映画が死ぬとかポストシネマとか言ってる場合じゃないんじゃないか?の巻〰

          人はいずれ死ぬ。あたしもあなたも。そりゃ仕方ない。あのゴダールも例外じゃなかった。あたしが生きてる間はスイスでずっとスタインベック(編集台ね)いじり続けてるもんだと思ってたので、少なからずびっくりした。 ゴダールも人の子だ。そりゃ死ぬときゃ死ぬ。昭和五年生まれだし。 彼の死がニュースになる前から、菊川に新しい映画館がオープンすることを知り、そのこけら落としがゴダールの80年代90年代作品を中心に6作品となかなか最近観ることが出来ないプログラムだったので、全作品のチケットを買

        『優しさのすべて』観てきたよ 〰「身体」という呪文でチチンプイ!にはもう頼らない の巻 その3〰

        • 『優しさのすべて』観てきたよ 〰「身体」という呪文でチチンプイ!にはもう頼らない の巻 その2〰

        • 『優しさのすべて』観てきたよ 〰「身体」という呪文でチチンプイ!にはもう頼らない の巻 その1〰

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