見出し画像

雪の日には甘い物を

とてもとても寒い日には甘い物が欲しくなります。
それはかつて読んだ江國香織さんのエッセイの影響。
外は吹雪でとてつもなく寒いのに、暖かい店内で食べた甘いドーナッツと熱いコーヒーが凍えた心をゆるりと溶かしてくれる様子は、実体験かのようにしっかりと私の中で記憶に刻まれました。
同時に、その一節を読むと、寒い日にしか味わえない幸せを感じられ、そのシチュエーションに憧れを抱くようになりました。
いつか私もやってみよう、と思うと、冬の寒さもワクワクしたものに思えました。

その日は、数年後に訪れました。
春先にも関わらず雨が降っていて予期せぬ寒さの夜、私は江國さんと同じようにコーヒーショップに逃げ込みました。
温かい飲み物を、とだけ考えていたのですが、レジで私の口が勝手に「それと、ドーナッツを一つ」と言っていたのです。
口に出してから、私は「あっ!」と気が付きました。今がまさに「その時」だ、と。

唇に触れるたびにふわふわと感じるシンプルなドーナッツ。その正統派な甘さを体の中に押し流すほろ苦くて熱いコーヒー。
ドーナッツの甘さが、凍えた私の心に寄り添ってくれるのを感じました。甘やかしてもらっているような、許されているような、ああここは安全な場所なんだと思えるような。
あぁ、これだ、と思いました。私は今、江國さんが大雪の夜に体験したことを味わっているんだ、と思うと、静かな感激にますます心が温まったことを数年経った今でもはっきりと覚えています。

江國香織さんにとってのドーナッツと熱いコーヒーを私も見付けたいと思っていたところ、私も雪の日に出会うことができました。
それがパン・オ・ショコラとカフェオレでした。
雪が降り始めたのに帰りが遅くなってしまった日、それらは絶望と心細さから私を救ってくれました。
その店にはドーナッツがなかったので代わりに、と選んだパン・オ・ショコラは、思いがけず私にしっくりと馴染んだのです。
たっぷりと染み込んだバターの香りが鼻から抜け、チョコレートが甘いだけではなく苦味もあり、こっくりとした存在感が美味しくて、一気に食べてしまいました。
食べ終えた時の不思議な幸福感と高揚は、きっと心が満たされたから。
普段チョコレートにはブラックコーヒーを合わせる私がなぜかカフェオレにしたのも、体じゅうを優しさと甘さでいっぱいにしたかったのかもしれません。

それ以来、寒くて心と体が凍えてしまった時にはパン・オ・ショコラとカフェオレに包まれています。
そしてそれは雨や雪の日だけではなく、嫌なことがあって心が寒々してしまった時も同じ。
落ち込んだ私にそっと寄り添って、心が回復するのを一緒に待ってくれる存在になりました。
江國さんにとってのドーナッツと熱いコーヒー、私にとってのパン・オ・ショコラとカフェオレ。
こういうお守りのようなものを持っておくと、凍える日に遭遇しても、大丈夫、私には帰る場所がある、と思えます。
甘い物にはそんな魔法もあるようです。

それでは、皆さま、良い夢を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?