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テレレ飲む。

週末のアスンシオンに辿り着いても誰も出迎えてはくれない。土曜も日曜も通りはからっぽで、レストランとショッピングモールが立ち並ぶ郊外に人が集まる。月曜日の朝、路肩で冷たいテレレを差し出されて、目に映る無機質な街がようやく色づき始めた。テレレとは冷たいマテのことで、マテとは広くこの地域で飲まれるお茶のこと。アルゼンチンやウルグアイ、ブラジル南部ではみなこれを温かく淹れて飲む。まだ春のこの時期に日中の気温が40度を超えるこの国。朝一番に熱いマテをグビッと飲んだあとは、ハーブの香る冷たいテレレが手放せない。通りの屋台には何種類ものハーブが並び、これをすり鉢に入れすりこぎでばしばしと叩きつけて売ってくれる。バックパッカーの少ないこの国では、大きなバックパックを背負って歩いていると、「どこ行くんだ!」とちょくちょく声を掛けられる。そうして月曜の朝は宿を移動する途中、荷物を降ろして木陰でテレレを誘われた。

寂しい影を背負ったアスンシオンの旧市街。立派なショッピングモールや新しいアパートが郊外にどんどんと建って、愛情が注がれないまま、旧市街の古い建物はすこしずつ朽ちてゆく。これから経済成長が期待されるだけに、アパートなんかは今が買い時らしい。戦争と軍事政権とで人の減ったこの国にはアジアやヨーロッパからたくさんの移民が入り、だから驚くほど多文化で、けれど格差もすごい。加工用の大豆や輸出用の肉牛を育てる土地のために、原住民が土地を追われ家も文化も失う。そんな話はこの大陸にやって来てからもう何度も耳にした。日が暮れても熱気が抜けないのはほかの国の大都市と同じで、エアコンの排気が夜を暖め続ける。

アスンシオンについての感想がまとまらないまま何となしにやって来たアレグアの町は首都からほんの25キロほどのところだが、あのバタリと倒れたくなるような暑さはなくことのほか居心地がいい。食肉や皮革産業の排水なんかが原因で今は真っ黒に汚染したイパカライの湖は遊泳禁止だが、涼しい風が注ぐ湖には日暮れが近づくとわらわらと人が集まり賑わいを見せる。陶器が有名な地域で、クリスマスが近いこの時期にはキリストだマリアだとどれも似たような置物が通りを埋める。店じまいしても風呂敷もかけず品物が置きっぱなしなので私が驚いていると「たくさんあるからこの辺の人は誰も盗まないんだよ」と誰かが言った。まあ確かにわたしも欲しいものが見当たらない。それにしてものどかなところで、毎朝かごを引っ提げた婦人がトウモロコシたっぷりのチパグアスを売りに来る。ファビアンとカルミナが経営する小さなホステルは彼らの友人たちが絶えず出入りする憩いの場所。週末はそうしてもう誰が誰だかわからないほどたくさんの人々と出会って、岩だの川だの彼らの遊び場に連れて行ってもらって、やっぱりここでもテレレを飲み交わした。

どこへ行っても愛着湧く瞬間は、そこで出会う人々とお茶を囲むときにあることを、こういう場所で思い出す。そうそう、アスンシオンで訪れた移民博物館に「憤懣も素直に受けてテレレ飲む」なんて詩があった。ここへ渡ってきた日本からの移民たちも、こんなふうにテレレを誘われて故郷の話を交わしたのかしら。


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