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マクルーベとレモンパイ。

雲がかかる亜熱帯の森を超えてコロイコに到着した。荷物をおいてさっそく庭の散策に出る。晴れ間が差してブランコの揺れる丘の上から山々が遠くまで重なるのがよく見える。

ラパスでたくさんの人と出会った。すこしひとりでゆっくりしたくてここへ来たのだ。2時間ほどして戻るとバスで一緒になった女の子が昼寝から起きてきた。しばらく話しているとどこからか新たな旅人がやって来る。見覚えのある顔。ラパスのカフェで出会った子だ。30分後には3人テーブルを囲んで夕食を交わしていた。翌日にはラパスのホステルで出会った別な女性が合流し、一人旅の4人、情報交換に花が咲く。

雨が続いたから皆ヤキモキとして、ハイキングに行けないと声を落とす。わたしはもう森に振る雨なんて心がときめいてしまうから、こうゆう野心溢れる旅人たちにいつも気後れするのだ。パタゴニアで出会った人がもうグアテマラまで北上している。行くところ行くところ、ついつい長居してしまう。

もう何日かいようかとも思うけど、現金もそこをついた。少し本当に静かになりたくて、ともにラパスへ戻ってきた新しい友達と敢えて道を分かれた。朝、コチャバンバへ発つ彼女を見送って、私は夜行バスでスクレへ向かう。バスが右へ左へ曲がる度目を覚ますと、暗い山々を照らすオレンジの月が焦げて窓に張り付いている。

早朝スクレのホステルへ到着すると鼻にかかった聞き覚えのある声が名前を呼ぶ。ここのホステルを勧めてくれたソヘル。ベランダから手を振っている。仮眠して今日はゆっくりと本でも読もうと思っていたけど、早速散策へ連れだされた。白い町と呼ばれるスクレの白壁に暖かい日差しが跳ね返る。ここは春。その日の夜は自慢のエジプト料理を作るというのでマーケットへ買い出しに出て、彼の新しい友達も交えての夕食。みな彼に指示されるままキッチンを動き回る。揚げた野菜と一緒にでっかい鍋で炊いたご飯をひっくり返して皿に盛られたマクルーベ。豪快な料理、スパイスが効いていておいしい。

一人旅でひとりになるのって意外に難しい。朝はいつも早く起きてこうして今も社交場から避難している。屋上から街が一望できるこのカフェはコーヒーとレモンパイが泣けるほどおいしい。ソヘルが連れてきてくれた場所だ。ぎりぎりまで滞在を延ばして昨晩ようやく旅立っていった。情の厚い人懐こい青年。「僕らはいつも何も持たずに来てすべて置いて去っていくんだ」なんて、ラパスで別れを告げるときにぼやいていた。ソヘルよ、出会いって物質的なものでなく、その人と過ごす時間のことだと私は思うんだけど、どうかな。なんて言おうかと思ったが少し面倒になってやめた。もうすぐサラがやって来る。ソヘルが引き合わせてくれた新しい友達。どこか移し鏡のような私たちはやっぱりどちらもここのコーヒーとレモンパイに目がないのだ。ここ数日大学の事務所を訪ねては経済学の講義に飛び入りで参加できないかと交渉していた。今朝は初講義。きっと興奮してまたオペラでも歌うように話し出すのだろう。

今度ひとりになる夢が叶うとき、わたしはきっと特別さびしい気持ちになるのだな。

私たちはいつも記憶とともに辿り着いて、また新たな記憶をかばんに詰めて去っていくのだ。


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