マガジンのカバー画像

夜明け前の言葉は迷子

2
大体夜明け前にぼんやりした頭で書いたテキストたち。
運営しているクリエイター

記事一覧

夜明け前の言葉は迷子:短歌という劇薬、扉を開く

 晴れた土曜日にすべきでないことのひとつは、短歌についての本を読みながら電車で海へ行く、というものだ。  観光客がうるさい嫌いだみんな帰れといくらぼやいたところで、観光地としてパッケージ化された場所に、よりによって週末に赴いた時点で敗北確定である。中心部から離れた砂浜で時間を潰しても親密そうなカップルは限りなく横切るし、何しろ寒い。風が強い。海からじゃなく、背後の山から吹き下ろしてくる風だ。髪がたちまちばさばさになって、剥き出しの両手が凍える。  失くした手袋、ほんとどこへ

夜明け前の言葉は迷子:天才について

 自分を天才だと思ったことはある?  私はない。  いや嘘。嘘ついた。ある。若いというか、幼くて今よりもずっと愚かだったとき。  そういう時期に自分の能力を信じたことがある。世界をひっくり返せると、そう思っていた。  まあ当然そんなわけはなくて、今じゃ机のうえのコップに入った水を揺らすのにすら苦労している。  私は天才ではない。賞を取るでもない、新作が発売前から重版することもない。  天才、っていうのは大方、誉め言葉だ。天が才を与えた人。特別で優れた才能を持つ人。  じゃ