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<短編物語>ハツカネズミのリンナ 3森のネズミは画家ネズミ

 書き始めてから、ずいぶん時間が立ってしまいました、、、。ほんとうは、季節もぴったりにあげたかったのですが。ハローウィーンを過ぎると、もうあちこちクリスマスですね。でも、まだ、秋かなあ。秋でいいかな。秋って、やっぱり食べ物がおいしくておいしくて。スターバックスのパンプキンのスコーン、すでに2回も食べてしまいました。(あと、ハニーカモミールラテ、これをシロップ抜きで飲んだのですが、すっごくおいしかった!!)

ハツカネズミのリンナ 3森のネズミは画家ネズミ

<ハツカネズミのリンナは、とある家の屋根裏部屋で、お母さんのアナと、あとから生まれたきょうだいたち家族で暮らしています。>

 気がつけば、うき足立つような春の到来は、とっくの昔になり、汗がしたたってやまない、暑い日が続くようになりました。そうはいっても、ハツカネズミのリンナは、いくら暑くても、汗などかきません。滝のような汗をかいたりするのは、人間か、馬、それくらいなものでしょう。リンナは、ソファの上にぐったりして、まるでナマコのようにのびていました。

 リンナは、もどかしい気持でした。何か、何かおもしろいことはないかしら? リンナは考えました。ああ、何かしたくてたまらない! そのうち、数分もたったあと、まるで何かが体の内側ではねあがったかのように立ちあがりました。それから途方に暮れて、ふぅ、と一呼吸おくと、少しばかり頭を働かせました。このままではいけない。何かしなくては! このせっかくの一日を、こうもんもんとすごすなんて、きっとあとで後悔する。リンナは、今は文字の練習をする気にはなれませんでした。それから、本を読むのも気分ではありません。リンナにも、こういうときはあるのです。

 リンナは少し考えたあと、外へ出てみる気になりました。こういうときは、いっそ外へ出て、お散歩でもするのがよいのです。リンナは、思い立ったらいざ、屋根裏部屋をぬけ出して、真っ青な、明るい空の下、照りつける太陽のもとへ出ていきました。日差しはあついものの、風にはまだすずしさがあり、リンナは、心地がいい、と思いました。

「カワノ先生へ。名前、ユメカもアイトもそうよんでいるので知りました。下の名前はなんですか? あたしは名字はなくて、ただ、リンナ、といいます。おどろきでしょうが、その、あたしは人間ではありません」
 リンナは歩きながら、頭にこんな文言をうかべました。家へやってくる家庭教師の先生にあてた手紙です。リンナは昨年の冬、先生がやってくるようになってから、しょっ中考えるようになっていました。しかし、問題は、考えたところで、それをまだ書くことができない、ということです。大きなペンをかかえて、なんとか読める文字を書こうとするのですが、いまだにうまくいきません。ですから、文面ばかりが思いうかんでは忘れ、思いうかんでは忘れをくり返し、今では、ふざけたものをあそびに考えることも半分でした。そして今も、ほとんど考えることもなしに、気分にまかせて思いうかべただけでした。
「あたし、先生とお友達になりたいの。あたしはでも、そう、ネズミなんです」
 リンナはうーん、と声をあげて、ぐっとのびをしました。
「そう、あたしはネズミだわ。それってすてきなことだけど、ときどきはすてきじゃないわね」

 リンナは、なんとなく、少し遠くへ出かけてみたい気がしました。ちょっとした冒険に出るのなら、思い立った、こういうときがチャンスなのではないかしら、と思いました。
 リンナは、よく、まずは森へ行ってみよう、と考えていました。森というのは、知らないものであふれていて、不思議で、とてもおもしろい場所にちがいないだろうと思いました。本で読む森はそういう場所ですし、リンナの大好きな、森のエルフやフォーンが住んでいたり、放浪騎士が探検する場所です。そして、運のいいことには、この家を囲う木々をぬけ、少し先へ行ったところに、こんもりした小さな山(それを山とよぶならですが)があるのです。ほんの少し足を向ければ、行ってみることができるのです。それでは、行ってみないわけには、行かないではありませんか。
 リンナは、近くに生えていた双葉をひきぬき、日傘にして、山へむかって歩きだしました。しかし、それもつかの間、途中でうっとおしくなり、その場にそれをぽいと放りだすと、地面をけって夢中でかけていきました。

 森の入り口は、まさに入り口というようで、この先はまるでちがう世界だぞと、見せつけているかのようでした。背の高い木々が、どうどうと、まるで城壁のようにそそり立ち、圧倒されるばかりでした。その、頭上高くそびえる木々は、まるで、巨大で神聖な、何か妖精のようで、森へ立ち入ろうとしているリンナに、今にも話しかけてくるのではないかと思われました。樹の肌をもったその番人は、やさしいながら、見さだめるように、興味深い目でリンナを見るのです。
 リンナは、下草の合間から、森のおくを見ようとしました。しかし、こんもりと茂った下草のおかげで、ほとんど先を見ることはできません。おくは暗く、ひっそりとしています。
 それでも、リンナは勇気をふりしぼり、草をかき分け、一瞬の間を置いたあと、森へと、足をふみ入れました。心臓は、どきどきと、痛いくらいにうち、しかし不思議と、それはつらくはなく、心地よいような気さえしました。

 森の中は、外よりもずっとすずしくて、なにやらすうっと気持ちのいい、あざやかな香りがしました。そして中は暗く、冒険心をくすぐります。
 リンナは、足元の土の感触を楽しみながら、ところどころに落ちる光の模様を楽しみました。木の葉が動くのに合わせて、光の模様はちらちらと動きます。リンナは、感じる森のすべてを楽しみました。しっとりと、気持ちのいい空気が肺をみたし、体中の毛、そして鼻の先を、謎めいた風がくすぐっていきます。なにかリンナの知らないものが、そこにふくんでいるようでした。

 リンナが我も忘れて、数十分も歩いたころでしょうか。すっかり森に魅了され、心は自分がそこにいることのうれしさに、溶けてしまいそうになっていたときでした。後ろから、声が飛んできました。
「おい、ずいぶんと無防備に歩いていらっしゃる」
 おどろいてさっとふり返りましたが、だれの姿もありません。リンナは急にわれに返り、ええ、現実に立ちもどって、あたりを見回しました。体に緊張が走り、警戒して、ひげがぴんと立ちました。
 リンナの右手の後ろ、一本の年とった木の根元に、だれかがいるのが見えました。リンナはじっと見てみました。ネズミです。そのネズミは、リンナの見たこともないくらい大きいのです。暗がりにいるので、よくは分かりませんが、リンナよりもずっと赤っぽい毛色をしているようでした。きらりと光る目が、けわしい表情をしているのが分かります。少しの間があったあと、その目はあきれた表情に変わりました。
「あっ」と思わず声を出し、それからリンナは続けました。「あの、こんにちは。ここって、そんなに危険?」
 相手のネズミはさっとあたりに目を走らせ、一歩前へ進み出ました。
「森は初めてかい? だってここには、ヘビがでるぜ。ここまでたどり着けたのも、運がよかったな」
 赤いネズミはいって、ふんっと皮肉な笑みをうかべました。
「ヘビってあの、ヘビのこと?」
 リンナはぶるるっと身ぶるいしました。
「足がなくて、長い体の、それにあたしたちを食べる?」
「そうだ、そのヘビさ。するとおまえさんは、ヘビのいないところから来たんだな。ちっぽけだし、おまえさん、アカネズミじゃないな」
「そう、あたし、アカネズミじゃないわ。人間はあたしたちのこと、ハツカネズミっていってるわ」
 リンナは、相手が、やっぱりなあ、というのを想像しました。ところが、相手の反応はちがったのです。
 森のネズミは、少し目を大きくしました。
「ふうん、話が通じるな」
「どういうことなの?」
 リンナは聞きました。
「いいかい? たいていのネズミは、自分が人間になんて呼ばれてるのか、そんなこと知ったことではないんだ。アカネズミだの、ハツカネズミだの、そんな呼び名を知ってるやつは、ものすごく少ないってもんだ」
 アカネズミはいって、リンナを興味深げに見つめました。
「少ないってどうして分かるの? 調べたの?」
 リンナの言葉に、アカネズミは、まったく興ざめだぜ、といいました。
「おれの出会ったやつは、みんな知らなかったよ。もっとも、おれの持ってる指で、数えられるくらいだがな」
 リンナは、つまらない質問を、そう、このアカネズミにとっては、とりわけどうでもよい質問をしてしまったと気がついて、苦い笑みをうかべました。
「それで、名前は? ずっとおまえさんじゃあ、まったくばかばかしい。おれはユリン」
 アカネズミはいいました。
「リンナ」
 リンナが答えると、ユリンは、
「それじゃあリンナ、リンナは人間に興味があるのか?」
 と聞きました。(リンナは、聞いた名前をかみしめることをしないのだなあと、ぼんやり考えていました。)
「もしかして、人間の友だちがいるなんてこと……」
 ユリンの言葉に、リンナはかぶりをふりました。
「いないわ、いない、残念ながらね! でも興味はたしかにあるの。それから、友だちになりたい人間はいるわ」
「ふうん、そうか。友だちがいないのは残念だ。まあ、おれは別に、友だちになりたいわけじゃあない……がな。それでも、おれも実は、ちょっと興味があってね。リンナとはおもしろい話ができそうだ」
「そうかもしれないわね。ユリンは、もちろんこの森に住んでいるの?」
「ああ、そうさ」
 リンナは、期待と感動に、目をかがやかせました。
「森での暮らしは、さぞかしおもしろいことでしょうね。ユリンは普段どんなことをしていて?」
 ユリンは腕を組んで、後ろの木の幹にもたれていました。
「おれは、いつもつきあいが悪い。めったにひとを呼んだりしないし、話すこともほとんどない」
 ユリンはいい、ちょっと視線をはずし、それからまたリンナを見ました。目がきらっと光ります。
「それから、おれの暮らしは森のほかのやつともちがっている。だからもし、森での典型的な暮らしってやつを知りたいなら、参考にはならないぜ。だが、うん、それでもいいんなら……リンナ、絵は描いたことあるか?」
 リンナは、絵を? と聞き返しました。
「ないわ」
「少し、見てみるか?」
 ユリンは、少しいいにくそうでした。それは、ユリンが絵を見せたことのある相手といったら、両親しかいなかったからです。そして二匹には、その絵のよさがさっぱり分からず、そもそもどうしてそんなものをかいたりするのかも、分からなかったのでした。
 しかしリンナは、心がわくわくしました。
「ユリン、絵をかくの?」
 ユリンはよしっと、歩きざま、
「そう、おれは絵かきだ」
 といいました。

「森の中で絵かきに会えるなんて、物語の世界のようじゃない?」
 リンナは、ユリンに案内されて、木の根元のうろへ入っていきました。そこがユリンの家であり、アトリエだったのです。
「案外、現実に起こるいろいろなんて、物語じみてるもんさ」
 ユリンはいいました。

 中はからっと乾いて、ほどよい広さでした。丸い部屋の壁にそって、何枚もの絵が、立てかけられたり、つられたり、はってあったりしました。どれも色とりどりで美しく、生命力に満ち満ちていました。
 一枚の絵が、中央でまだディーゼルにのっけてあり、その前に、小さな木片でこしらえた椅子が置いてあります。絵はかいている最中のようで、それは花の絵でした。かわいらしい花弁の小さな花が、画面いっぱいにかいてあります。
 リンナは、絵をまじまじと見て、
「とてもすてきな絵ね」
 といいました。
「そう思うか?」
 ユリンはいって、うで組をし、くすっと笑いました。
「やっぱりリンナは変なやつだ」
「変だなんてことはないわ」
 リンナは肩をすくめました。
「でも、うれしいよ、おれの絵をすてきだと思ってくれるひとがいると知って。やっぱりうれしいもんなんだなあ。でもおれは、だれがなんといおうと、絵をかくことはやめないぜ。やめられないんだ。絵ってものを知ってかくようになって、おれはおれが、絵かきなんだって知った」
「ふうん」
「おれは、正直、自分に才能があるかは分からない。画家にもいろいろ種類があって、どんな絵がすぐれた絵なのか、それを定義するのは楽じゃない。だが、ほんとにすごいやつは分かるつもりだ。そういう意味では、おれはちがうっていうのも、うすうす感じてる。でも、もしかしたら、中の上くらいかもな」
 ユリンはふふふっと笑い、それから、かざられたたくさんの絵をしめしました。
「ラフなスケッチや、かきかけのやつもたくさんある。おれは、この目で見た好きなものを、おれが好きな形で、おれらしくかいてみるのが好きなんだ。この世の真理とか、心にひそむ何かとか、そんなものを表現しようともがくやつもいるらしいが、おれはどうもそうではない。きっと、実にいい絵をかくんだろうな」
「実際見たことはないのね?」
「ああ。残念ながらね」

 二匹は、地べたにすわって、ユリンが用意したおやつをつまみながら、気ままに話を続けました。リンナにとっては、今までにないことで、こうして好きなものの話を、それもおやつをつまみながらするなんて、なんて楽しいことなんだろうと思いました。ついでにいえば、リンナは、ティーがほしいと思いました。こんなふうなことを、人間は「お茶」と呼んでいて、そこにはいつもお茶があるからです。
「あたしは物語を作るのよ」
 と、リンナはいいました。
「物語を作るひとにも、画家と同じように、いろいろと種類があるわ。そうだ、あたしって、少しユリンと似てるところもあると思うわ。いいものを見るなり、聞くなり、なんなりすると、ぜひとも物語にかいてみたくなるの」
 ユリンは、へえといっておやつを食べ、それで、どんな物語を作るんだ? と聞きました。
「最近作っているのは、SFのものよ。宇宙からの侵略者に、支配されている世界が舞台なの。主人公は、それをなんとかしようとするわけだけど。これが結構ややこしいのよ。それから、このまえ作っていたのは、冒険ものよ。これがあたしの作る中では、最も多いの。冒険家リンナルは、おどろくような、うつくしい白い毛のネズミで、目は、晴れた空の前の海のような色。広くて、どこまでも、未知と可能性を秘めた、そしてかれの前向きな、挑む心をうつした、青い青い海の色。リンナルは陽気な性格で、ひとあたりがよくて、おどろくような体力と勘のよさ、そして、ぎりぎりをやってのける機転のよさと、あきらめない心の持ち主よ。だからみんなリンナルを頼るの」
「ずいぶん、いろんなものを持ち合わせたネズミだな」
「リンナルはそれくらいがいいの。それがこの物語の醍醐味なのだから」
 リンナは、自分がどんなに熱を入れてしまっているかに気がついて、ちょっと鼻をなめました。
「なかなか、おもしろそうじゃないか」
 ユリンは、へへっと笑いました。
 リンナはそれを聞いて、当然悪い気はしませんでした。
「そうだわ、ユリンはなぜ、人間に興味があるの?」
 リンナは、自分が人間を見るのが好きで、かれらの書いた本というものが好きなこと、友だちになりたい人間がいることを話しました。
「なるほどな、なかなか親近感がわくぜ」
 ユリンは目をきらきらさせました。
「ただ、おれはな、別に人間を見るのが好きってわけではなかったんだ。でも、あるとき、一人だけ、気になるやつができたのさ。おれはそいつのおかげで、絵ってものを知ることになったんだ」
 
 ユリンは、物思いにふけるように、ぽつりぽつりと、話し始めました。
「この森に、ある人がやってくるようになった。ここから少しはなれたところに、太い木が一本たおれて、森の天井がぽっかりと開いているところがあってね。そしてたおれた木にはコケがむして、細い萌芽がすうとのびているんだ。開いた天井から差しこむ光がうまい具合にあたって、古い木肌と、青々としたコケと、そこからのびる若々しい芽が、ああ、なんともうつくしい。そしてそこは静かで、といっても森の音がするがな。落ち着いていて、しっとりしていて、ちょっぴり幻想的だ。あの人は、その切り株と、あの空間を気に入ったのか、やってきて、そこで絵をかくようになった。そう、絵、だ。おれは最初、何をしているのか、さっぱり分からなかった。だけど、気になったんで、毎日見に行っては観察していた。そして知ったのさ! 絵ってやつを。やつは少し、おれと似ている気がしてね。おれなんかより、ずっとおだやかでやさしそうなやつだったが、なんとなく、こう、共鳴するところがあるような気がしたんだ。
 おれはその絵ってやつに興味を持った。あの人のかいている絵が、おれの胸を打った。繊細で、美しくて、なんだかやさしい気持ちになれるんだ。うん、いい絵だった。あの人の絵は、おれのかく絵よりもっとやわらかい雰囲気だったよ。おれはおれの絵をかくし、あの人はあの人の絵をかくのさ。ともあれあの人の絵が、おれはとても好きだ。
 まあ、とにかく、あの人の絵がきっかけで、おれは絵をかいてみようと思ったってわけだ」
 ユリンは口をとじると、ディーゼルの上の、何か赤いかけらを手にとりました。
「それは?」
 とリンナがたずねると、ユリンは、それを宙に放り投げてはつかまえて、そうしていいました。
「これは色鉛筆の芯さ。水彩色鉛筆ってやつでね。おれはこれを水で溶かして絵の具にしてるんだ。あいつの置き土産さ」
 リンナはそれを、どうしても手に取ってみたくなりました。
「それ、すてきね。あたしにもさわってみさせて」
 ユリンはちらりとリンナを見ると、リンナにほうってよこしました。
 リンナは芯を受け取ると、片方の手でにぎりしめ、その具合をたしかめました。そして、わきあがる期待に、リンナの目は、すうっと大きくひらかれました。
 リンナは、ふと話にもどって聞きました。
「その人とは友だちにはなっていないの?」
 ユリンは肩をすくめました。
「ああ。どうやってなれるっていうのさ」
「まだ機会はあるでしょう?」
「いいや。あの人は絵をかきおわってしまって、それきり来なくなったよ」
 リンナは、そうなの、と悲し気につぶやきました。リンナはさびしい気持ちで、来なくなってしまったその人のことを考えました。そして、ふと、あたしが冒険に出たら、きっと見つけてみせよう、と考えました。冒険家として、それは実によい果たしごとではないでしょうか?
 ユリンはしばらく思いをはせていましたが、はっとして立ちあがりました。
「絵はもうひととおり見せてしまったな」
 リンナも立ちあがりました。
「ええ、とても楽しかったわ。あの、よかったらまたお話ししましょう。もしも、いやではなかったら、あたしの物語をまだ聞かせていないし」
 ユリンは、そうだなあ、といって、それからつけくわえるようにふんっと鼻をならしました。
「別に来たってかまわんよ」
 ユリンは心の中で、まあ、リンナなら、別に害にはならんだろう、と考えていました。というのも、ユリンはひとづきあいが苦手で、絵をかくのをじゃまされるのも、好きではなかったからです。しかし、ほんとうは、ひとと話をするのはきらいではなく、実際リンナと話した時間は、とても楽しかったのです。
 ユリンはリンナをながめていいました。
「こんどリンナの絵をかいてみてもいいぜ。いい毛の色をしているから」
 リンナはそう? と心からよろこびましたが、なるべくひかえめな調子でいいました。
「うん、いい色だぜ。まるで………」
 ユリンは言葉につまった様子で、口をすぼめたまま、顔をしかめました。
「まあ、いい。かく方が速いや」
「そうかもしれないわね。それじゃあ、また、来ると思うわ」
「うん。森の外まで案内しよう。へびが出るからな」
 
 リンナは、森のはずれでユリンと別れました。もう日がかたむきかけて、午後の幕が始まっていました。リンナは、外の明るさに目をしばたたかせ、さっぱりした気持ちで帰路につきました。
 そして、帰ってくると、すぐさま子ども部屋へ向かい、そこでいいものをひろいました。どうしてこれを思いつかなかったのでしょう。リンナがひろったものは、そう鉛筆の芯でした。リンナの手には、やはりあまる大きさですが、これならば、読めるくらいじょうずな文字がかけるでしょう。
 ふとしたときに、ずっと解けなかった糸が、するりとほぐれてしまうということが、やはりあったりするものです。

 リンナは、さっそく、ユメカの机の上から、小さいメモ用紙を一枚、ちょうだいして帰りました。ユメカの机の上には、今、はやりのメモ用紙交換で集まった、たくさんの用紙があったのです。あまりにたくさんあるので、リンナが一枚取ったところで、ユメカは気づきもしないでしょう。もちろん、人のものを勝手に取るのはよくありませんが、ネズミのリンナに、これは盗みだと教えるのは、かなりやっかいな仕事となりそうです。ええ、リンナはまさに、自分が選んだかわいらしい絵柄の便箋を、うっとりと見つめているところでした。青い小鳥の絵! びっくりするくらい大きくて、きらきらした目をしています。

 さて、リンナはかきました。
「カワノ先生
こんにちは。あたしはリンナといいます。この家に住んでいます。だけど、他の人には、どうか内緒にしてください。というのも、あたしはネズミなのです。あたし、先生とお友だちになってみたいの。よかったら、お返事をください。先生がここへ来て、くつをぬいであがるとき、そっとくつの中に入れておいてくだされば、あたしはきっと受け取れます。
ハツカネズミのリンナより」

 リンナは、かいた手紙をきれいにまるめ、黄色い毛糸で結ぶと、先生が来た機会に、くつの中へ入れておきました。先生が帰るときになって、くつをはこうとすれば、それが目に入るでしょう。
 リンナは先生が手紙を受け取ったのか、たしかめることができませんでした。あとは、返事があるかどうか、待ってみるよりほかにありません。リンナはとてもどきどきしました。先生は、手紙を見つけたでしょうか。そして、読んで、何を思ったでしょうか。友だちにはなりたいけれど、先生から返事があったら、あたしはうまくやれるのかしら? 今の生活が変わってしまうかもしれないのも、恐ろしいことです。

 それでも、自分のやったことに、リンナは満足していました。あたしは勇敢なる冒険家よ。何かが、動き出したような気がする。

 今夜のお話の時間(この家のナオコが、子どもたちにお話を読んでやる時間で、リンナは屋根裏からいつも一緒に聞いているのです)に、自分の小さなソファにのぼりながら、リンナは物語に集中することができませんでした。

 リンナは感じました。ああ、今までのぐずぐずしていたあたしとは、これでまた一つ、ちがうようになったんだわ!


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