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象潟&三種への道⑥(ようやく三種)

9時過ぎに店を出て、一路、三種町を目指す。
約2時間かけて三種町の「道の駅ことおか」に到着。観光案内所で受付をすると、目指すべき農園を教えてくれる。
そう、三種町のじゅんさいは基本的には水深60㎝ほどの人工の池(地元の人は沼と呼ぶ)で栽培されている。
摘み取り体験ができるのは5月上旬から8月中旬とされているが、受付の女性によると、今年は5~6月の天候不順の影響で、あまり出来が良くないという。女性は「今頃だとがんばってもバケツ一杯も取れないみたい」と同情してくれるが、じゅんさいがバケツ一杯採れたところで困るのは私たちだ。私たちはじゅんさい摘みを気軽に楽しみたいだけで、じゅんさいをどんぶりで食べたいとか、じゅんさいで一儲けしようとか思っているわけではないので問題ない。

指定された沼は少し離れた場所にあるということだが「入り口にピンク色の幟が立っているから分かると思う」と背中を押され車に乗り込んだ。
カーナビで目的地を設定して出発。少しすると道は明らかに山道へと変わっていった。民家も減り、不安を覚え始めたところでピンクの幟を発見。やれうれしやと幟の指す脇道へと入る。すると少し行ったところで道は2手に分かれた。
一方は小さな橋で「危険!」と書いた看板が立てかけてある。
もう一方は白い砂利の眩しい新し気な道。カーナビはすでに仕事を終えているため、判断するのは我々だ。
「危険!」という看板の威力は絶大で、私は新し気な道を選んだが、これが失敗だった。舗装されたばかりの細いあぜ道を進んでいくと、300メートルほどで道が途絶えたのだ。仕方なく細い道をバックで戻る。一歩間違えば脇の田んぼに落ちるという場所だったため、このときばかりは緊張した。
途中、道が少し膨らんでいる場所でUターンをする。ここで沼の方に電話をすると、目指す沼は「危険!」の看板の先だという。「『危険!』て書いてあったけど、あれは何が危険なんだろうね」と言い合いながらなんとか沼に到着する。沼のほとりでは焼けた肌が印象的な70がらみと思しき男性が迎えてくれた。
沼の傍で車を降りると途端に熱気に包まれる。クーラーの効いた車内で冷えた体はすぐに暑くなる。とはいえ日差しも気になる。私たちは日焼け止めと虫よけ対策をした上で、おじさんの後ろについて歩き出した。

沼の一角に小さな四角い船が半分陸に上がった状態で何艘か並んでいる。
船には櫂と思しき木の棒とバケツと洗面器がセットされている。
1艘に1人ずつ乗るようにとの指示を受け、恐る恐る乗り込む。体が完全に船に乗った瞬間、船が揺れて一瞬ひやっとしたが、なんとか無事に乗ることができた。
船の中にある小さな腰掛に腰を下ろし、陸を突き放すように櫂を持つ手に力を込めると船は水上へと漕ぎ出した。おじさんの船を追いかけながら、櫂を操って沼の中心部を目指す。
一番水がきれいなのが中心部分で、そこに目指すじゅんさいがあるというのだ。
漕ぎ出してすぐに、水深の浅さは感じることができた。これなら溺れることはないと思ったが、念のためおじさんに「落ちちゃう人もいるんですか?」と訊くと、「たまにいるけど、だいたいは船を乗り降りするときに落ちる」とのこと。
「この間は家族連れのお母さんが落ちたので、沼のほとりにある作業小屋で着替えてもらったら、その小屋に下着を忘れていかれて慌てて追いかけたよ。渡すときに顔が見れなかった。あれにはまいった」と笑いながら話してくれた。
そんなことを話している内に3艘の船は沼の中央にたどり着いた。もとは棚田だったところを沼にしたというだけあって、三方を山に囲まれた沼は広い。
まず、おじさんがじゅんさい摘みの手本を見せてくれる。
水中の若芽を見つけたら茎ごと引きちぎって、それから若芽を取り外すのだという。船に洗面器とバケツがあったのは、バケツにじゅんさいを入れ、洗面器に余った茎を入れるためだということが分かる。
見よう見まねで作業を始めたところで、T先生が「じゅんさいはどうやって食べるのがおすすめですか?」とおじさんに訊いた。すると、おじさんは迷いなく「鍋だな」と答え、「鶏肉とじゅんさいの鍋が絶品だ」という。「秋田のスーパーでは美味しいお肉が手に入りますか?」とT先生が訊けば、おじさんは「スーパーのはうまぐね(うまくない)」とけんもほろろな一言を放つ。こういう時、秋田弁は必要以上に厳しく聞こえる。
すがるような気持ちで「美味しい鶏肉はどこかで分けていただけるんでしょうか?」と訊くと「うちでもお分けできねぇわけではないけども…」と少しおどけた表情で見返される。聞けばおじさんはじゅんさいだけでなく、養鶏も行っているという。
もしほしいなら今から行ってくる。1羽5,000円くらいだから二人で分ければいい」というので、「我々は軟弱な都会人で丸ごとの鶏では調理できない」ということを強調した上で、お願いすることにした。
おじさんは「分かっている」というように何度か力強く頷くと、1人するすると水面を滑るように移動し、どこかへと消えていった。

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