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さまよう大震災

 CADで描いていた家具の図面に一区切りがついて、さあ工房へ出かけようかと思っているときだった。かすかに感じる地震の予兆。過去の経験に則って脳みそはほぼ無意識に「いつも通りだろ」を確認するはずだったのだがそうはならなかった。先行するP波に続いてやってきたのはちょっと記憶に見当たらないほどの揺れ。
(あれ?ヤバくね?)
 パソコンをシャットダウンしようとマウスを動かしたが、まったくポインターが思った所へ的中しない。こんなことしてるうちにどうせ収まっちまうだろ、なんて考えた自分を尻目に揺れがなかなか収束へと向かわない。頭の中で、
(パソコンの強制終了)
 が閃いたまま何故か体が膠着してしまった。〝動くべきか?〟と〝待ってたほうがいいか?〟で結論が出ない。

 やがてアパートの軋みが止むと必要以上の静寂が襲ってきた。私は机を手で押さえた姿勢のまま目だけを動かしていたがそのうちパソコンの起動ボタンを押して強制終了した。何の意味もなかった。
「ひでえ目ついたな」
 しかしこの程度の揺れがただの子供だましに過ぎなかったという事を私はまだ知らないのである。私が大震災の本当の惨状を知るのは夕方、仕事場の向かいに住む顔見知りの食べ物屋のオヤジにテレビを見せてもらった時だった。東日本大震災という名称はもちろんまだなかった。

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10,716字
資料の整理ができ次第、順次増やしていきます。

一人で木工の仕事をはじめてから大震災後ににっちもさっちもいかなくなるまでの記録。その間に書いていた文章群。公募に出していたエッセイ、随筆、…

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