荒唐無稽な夢の話
夢の中でわたしは父と母のこどもだった。大人で勤め人をしているのだった。
休みの日を利用して、北海道へ泊りがけで行こうとしていた。nさんという女性の知人と共に、美術展の手伝いをする手筈になっていた。
ふと自宅の時計を見ると空港での待ち合わせ時刻の十五分前になっている。大慌てで、荷物を手にした。
母はわたしが家を空けるのを好まなかったが、今回は(詳しいことはわからないが、何かしら人の役に立てるような用件ならば)といった表情でわたしを見ていた。父は寝ていた(自宅にいる時、昼夜問わず寝ていることの多い人だった)が、布団の上に起き直り、わたしを一瞥した。わたしは驚いた。父の姿が変わってしまっていたからだ。もともと大柄で体格がよい上、常習的に母を殴る人だったために、その物理的な大きさ以上に威圧感と怖れを抱いていたのだが、布団の上に座った父はしぼんで、しなびて、肩をちょっと押したら後ろへころりと倒れてしまいそうに見えた。
それはそれとして、わたしは出掛けなければならなかった。速足で最寄りの駅に向かった。歩きながら携帯電話を出し、nさんに電話しようとするが電話番号がわからない。駅にたどり着いても改札の場所がわからない。そうこうしているうちにnさんの方から電話がかかってきた。「どうしたんですか」と、当然nさんは立腹していた。それならそれでどうして連絡して来ないんですか。二言三言、叱責のことばが続いたが、しまいに情けなくなられたのかとうとう無言になってしまった。わたしも何と詫びたらいいのかことばが見つからなかった。声の聞こえない電話を耳たぶが痛くなるくらい耳に押しつけたまま歩き続けた。電話を切ることができなかった。切ったらもう二度とnさんと会えないと思った。nさんが暮らしているような世界にはもうつながれない気がした。nさんに直接そう伝えたことはないが、わたしは心の中で、この人と話をしたい、この人のふるまいを学びたい、この人に自分が書いたものを読んでほしいとずっと思っていた。
これまでもこういうことがどれほどあったことか。わたしの歪さで、せっかく仲良くなれたよき人との人間関係を継続できなかったことが。あ、だめだ、と思う躓きがあったら、今までの自分ならすぐ諦めてしまって(仕方がない、自分はダメな人間だから見捨てられて当然なんだ、どんなに背伸びして親しくなろうとしても、どこかでボロが出て見放されてしまうんだ)とこちらから手を離してしまうのが常だった。
今回ももうだめだという思いが黒い雲のように頭に湧いていた。それでも、どういうわけかめずらしく、わたしは空港に行こうと思った。nさんがいなくても、無駄足であってもいいから空港に行こうと思った。
ようやくたどり着いた駅に入って来た列車は窓枠が木製の大変古いもので、着物を着た人、カンカン帽をかぶった人がたくさん乗っていた。窓から上半身を乗り出して手を振る人もいた。列車の屋根の上にも人が乗っていた。立ち上がって、祭の地車にでも乗っているかのように身体を揺すったりしながら、陽気に騒いでいた。何なんだこの列車は人の気も知らないで、こんなに混んでいて乗れるのかと思ったあたりで目が覚めた。
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