蹬脚の部分稽古

ひとりで二十四式の練習をする時は、頭の中でT先生の声を聴きながら動いている。最後に稽古をつけていただいたのは三年ぐらい前だっただろうか。最近はさすがに耳の中の声が少しずつ遠ざかってきているようでさびしい。
先生がお元気だった頃のこと。その日の練習で蹬脚の部分稽古*をした。実の足(軸足)に乗って、両手で腹前で抱っこ、その手が少し上に動いて胸前で抱っこ、そこから片足を蹴りだすのと手が前方と側方に開くのが同時、という動きを先生と一緒に行う。わたしも自分なりにこうであろうかと考えながら動いていた。するとそれを見ていた先生が
「手を開く時に、手を捏ねない」と言われた。
何かが間違っているのだ。しかし「手を捏ねる」という意味がわからない。わからないから修正できないままおそるおそる動いていると、重ねて
「格好ようしようと余計な動きをつけなくていい」と言われる。
結局何を注意されたのかわからないままその日の稽古が終わってしまった。教室を後にして駅へ向かう道すがら、親しい先輩に質問してようやく理解することができた。「手を捏ねる」というのは舞踊の仕草のように手首を回転させるということだった。わたしは無意識のうちに勝手に手を捏ねる癖をつけてしまっていたらしい。

先生は、健康になるための太極拳なのだから、身体を痛めないための注意点だけはしっかり守って、あとはそれぞれの身体体力に合わせて無理なく動けばよいと繰り返し繰り返し教えて下さった。演舞に見た目の格好良さ、虚飾は不要だと言っておられた。先生ご自身の演舞も質実剛健で、身体から発する「気」が目に見えるようだった。わたしは先生の演舞が大好きだった。憧れて見上げる星のような存在だった。

太極拳にも「プラクティス、プラクティス、プラクティス、ワンデイ、カミング」ということは起きるだろうか。先生の境地には到底届かないだろうけれども。
「いらん癖をつけたらいけません」
「いいですか。太極拳は余分な力は要りませんが、だらしのうしたらいけません。動きはきちっといたします」
凛凛とした声を忘れないでいたい。

*二十四式の二十四の動作のうち二つの動きを取り上げてくわしく解説したりその部分の反復練習をすること。稽古の際毎回行う。
**太極拳はひとつの動作についても押さえるべきポイントはたくさんある。だからといって一度にたくさん説明されても消化しきれない。先生はその日その生徒にとって一番大事だと思ったところだけピンポイントで説明するようにされていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?