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22 梅すだれ 肥後の国

 お菊の村登立のぼりたては北から海が入り込んでいて湿地が多くそれほど作物のとれる土地ではない。お菊が十二歳で奉公へ出ていたのは食い扶持を減らすためだった。それなのに子どもを連れて帰ってきたのだから実家でのお菊は肩身が狭かった。子どもを産んだばかりの姉に「坊ちゃんは育ててやるからお前は奉公へ行け」と言われてもお菊は首を縦には振らず「坊ちゃんはおいが育てると」と息を吹き返した庄衛門を家宝と言わんばかりに大切に育てた。

 愛嬌があり器量よしのお菊には奉公の話がいくつも来た。しかしどれも「坊ちゃんを育てるのがおいのせんといかんことと」と我を張って断った。ところが五年が経ち、お菊は二十一歳、庄衛門は十歳の春にどうしても断れない話が来た。当時農民が豆腐を作ることは贅沢として幕府が禁止をしていた。それで藩主の指定した者だけが豆腐を作ることができ、それを食べられるのは武士階級に限られていた。その熊本城のお殿様御用達の格式ある豆腐屋へ後妻として嫁ぐという話で、お菊にとっては願ってもいない吉報であった。なぜそのようなところから話が来たかと言うと「お菊を次男の嫁にしたい」と亡くなった奥様が従妹である豆腐屋の奥様に話していたことから、若くに亡くなった嫁の代わりはお菊だと豆腐屋の奥様が思ったのだそうだ。
 逃げられない縁談に、お菊は庄衛門のことを姉に頼み泣く泣く嫁いだ。しかし姉は育ててやると約束したというのに、お菊が去った二日後に庄衛門を奉公へ出した。奉公先は御船の西のはずれの干物屋であった。

 用なしとして捨てられた庄衛門であったが干物屋での生活は楽しかった。と言うのも登立では何かと遠慮して生きていて特に食べることに関しては子どもながらに節制していた。しかし干物屋では好きなだけ米を食べられたのだ。

つづく


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