【感想】人への思いと、経営者としての結果の両立:丹道夫『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』 #富士そば

丹道夫『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』– 集英社新書(2017年)

富士そばは、東京都を中心に関東地方に店舗を構えるそば屋のチェーン店。
お店は駅前の、絶妙に目立つ場所にあって、ほぼ24時間営業。
私は昼時の混んでいる時期は避けてご飯を食べに行くのだけれど、そうすると落ち着いた雰囲気があって、ゆっくりと食事ができる。

この本は、富士そばを創業した方が、店や会社を経営する上で考えていることをまとめた本。
富士そばに行くと、特徴的だなと思うことが色々ある。この本を読むと、その理由が分かって興味深い。

例えば、24時間営業を行う理由。今も、深夜3時から4時に一時的に閉店するけれど、それ以外は営業している店がほとんど。24時間営業の店もある。
これは、丹さんが東京で働き始めた18歳の頃、人寂しくてそば屋に入った思い出があるという。店にたくさんの人がいたけれど、閉店時間が近づくにつれて人が減り、最後に一人で帰ることが寂しかった。それで、「もし閉店のないそば屋があったら、どんなに良いだろう」(p.43)と思ったのが原点らしい。

ただ、その思いを現実的に事業として成立させるのが、経営者としての判断力だと思う。富士そばの深夜営業を始めたのは1972年。セブンイレブンさえ、まだ7時から23時までの営業だった時代。実際に始めてみると、営業時間が長くても家賃は変わらないし、光熱費もほぼ変わらない。材料のロスも少なくなる。人件費はかかるけれど、売り上げが確保できれば利益は出る。

そのために大事なのが、「働く人を大切にすること」と「売り上げが上がる物件を探すこと」。

富士そばでは、店舗の従業員は8時間のシフトで交代制で長時間勤務はしない。特定の小規模店舗以外では、深夜でも2人以上で勤務する。細かすぎるルールは定めず、現場の裁量を大きくして、やる気を引き出す。そして、給料をしっかりした額払う。
働く人が気持ちよく働ければ、気持ちに余裕ができて、持っている力を発揮できる。
これは本当にそうで、忙しくて余裕がなかったり、給与に不満があったりすると、仕事はうまくいかないものです。
店舗を運営する会社を複数に分けているのも、それだけポストを準備して、競争をすることで切磋琢磨する効果があるから、ということらしい。

もうひとつ。「富士そばは飲食店だけれど、一番こだわるべきなのは、実は不動産選びなんだ」(p.139)という言葉がある。
駅に近くて、朝、働く人が多く通る場所を探す。働く人は、基本的に職場の近くで昼食を食べる。そうした人たちが立ち寄りたくなる所に店を作る。立ち寄りたくなる店にするために、床は大理石で清潔にする。
そして、よい立地にあって、にぎわっている店自体が宣伝になるので、広告にはお金をかけない。キャンペーンによる安売りもしない。安売りの時に来てくれる人が、継続してファンになってくれる可能性が低いから。

最後に、演歌の話。「演歌を聴いていると、他人の悲しみに敏感になります」(p.203)。24時間営業の理由にも通ずるけれど、人の寂しさや悲しさに寄り添いたい、という思いから、富士そばでは演歌を流しているらしい。

そして、丹さんは富士そばの経営が軌道に乗ってから、作詞の勉強を初めて、今は詞の提供もしている。
ただ、主はあくまで富士そばの経営。これは「そこまで好きではないけれど才能がある」、「好きだけれど才能がない」(p.212)を判断して覚悟を決めたということらしい。そば屋の経営は前者であり、作詞は後者。
「好きかどうかという感情はいったんおいて、仕事をして他人から評価されたり、思わぬ成果が出たりしたときは、特に思い入れがなくても、才能があるという可能性を受け入れて、それを続けてみるのも良いでしょう」(p.213)。そして、「本当に好きなことは、たとえ本業にできなかったとしても続けるのが良いと思います」(p.214)。
世の中、「やりたいこと」と「お金を稼ぐ仕事」が一致いていない人が大多数なわけで、そこでこの「二刀流」の考え方は大切なのかもしれない。

経営者としての考えとともに、働く人間として、そして人への考え方を考える上でも勉強になる本でした。

【目次】
はじめに
第一章 なぜアルバイトにボーナスを出すのか
第二章 富士そばが誕生するまで
第三章 人を育てるにはどうすれば良いか
京急蒲田店・保科由樹店長が語る「富士そば」と丹会長
第四章 商売のコツとは何か
津田沼店・花木幸輔店長が語る「富士そば」と丹会長
第五章 経営者の役割とは何か
藤枝健司常務が語る「富士そば」と丹会長
第六章 富士そばでは、なぜ演歌が流れているのか
おわりに

|名代 富士そば(ダイタングループ): https://fujisoba.co.jp/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?