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精神的な死とは(073)

こんにちは、紺野うみです。

今日のテーマは、人によってはちょっとドキッとしてしまうかもしれない言葉——「死」について取り上げたいと思います。

そして私が思うに、「死」というものにはいくつかのかたちがあるということ。

もちろん、肉体的な意味での死が、きっと一般的にイメージされるものだと思います。

でもそれだけではなく、たとえ体は生きていても心が死んでしまうという「精神的な死」は、私たちのさらに身近な場所にあるものだと思うわけです。

どんな時でも、心が死んでしまうような人が出ないことを願って。


心は絶望で死んでしまう

よく、どんなときでも「夢」を持ち続けるのは大切ですよ、と言われますよね。

この「夢」というのは、人が生きるからには自分の心で持つべき「希望」のひとつだと思うんです。

誰だって日々の中で、それぞれに辛いことや苦しいことはたくさんあるでしょう。

それでもめげずに生きていくことができるのは、希望の姿が心から無くならないから。

もしも「希望」を失ってしまったら、生きていくためのパワーや勇気を手放してしまうことになります。

そして、その「絶望」の状態が長く続けば続くほど、人の心は死んでしまうんです。

楽しいこと、うれしいこと、ワクワクすること……。

そういったことが、日常からどんどん失われているときは、本当に注意してください。

それなのに、苦しいことばかり続けていたり、心や体を休めることもなく頑張り続けていたり、自分のことを叱咤ばかりしていたりすると、やがてはどんな心も「スタミナ切れ」になってしまいます。


瞳の光を消さないで

この「心のスタミナ切れ」なんですが、私自身も一時は危なかったことがありましたし、過去の職場などでそうなりかけている人に出会うことがありました。

日常が辛いものばかりで埋め尽くされてしまうと、まずは心の中の「色」が失われていくような感覚に陥るんですよね。

心がめちゃめちゃ疲れているのに、自分自身でも周りからも「栄養補給」や「息継ぎ」をさせてもらえないようなイメージでしょうか。

感情を麻痺させ始めたら、要注意だと思ってください。

それをやり始めた人の、比較的わかりやすいサインは「目」に現れます。つまり、瞳から光が消えてしまうんですよね。

目は、本当に心の中がよく見えるパーツのひとつです。

自分自身の顔を鏡で見たり、誰か大切な人・周りに居る人の顔を見ていたときに、目をしっかりと観察してあげることは重要だと覚えておいてください。


命を落とすことだけが「死」じゃない

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