好きの取り扱い(063)

こんにちは、紺野うみです。

あなたは、心の底から誰かに夢中になったり、心酔したり、大好きだという想いを抱いたりしたことがありますか?

これは、恋愛感情だけに限りません。

ファンとして応援しているとか、そういう「好き」も含まれます。

この「好き」という感情って、とてもプラスな想いである反面、自分の視界を曇らせやすいものだったりしますよね。

今日は、「好き」の取り扱いについて、お話していきたいと思います。


心を支配する「好き」の力とは?

マイナスな感情が、心に与える影響というのは、言わずと知れたものですよね。

でも、実のところ「冷静さを欠いた好き」の気持ちも、人の心を支配して盲目の状態にしてしまうことがあります。

「この人には絶対に嫌われたくない!」と、自分の心を偽って媚びてみたり。

「この人のためなら自分なんてどうだっていい!」と、自己犠牲ばかりを繰り返してしまったり。

「この人の言うことに間違いはない!」と、すべてを鵜呑みにして判断してしまったり。

「この人が嫌いって言ってたから自分も嫌いになった!」と、自らの心で決めることを放棄したり。

「この人が認めてくれるならどんなことでもする!」と、妄信して間違ったことも押し通してしまったり。

世の中には、こういった感情による行動に振り回されてしまっている方が、結構多いです。

私自身も、かつてこの盲目に陥ってしまったことがありました。

だからこそ、「好き」のかたちについては、強く思うところがあったりします。


免罪符として「好き」を使わない

私たちはうっかりすると、「好きだから」という理由で、なんでもかんでも許したり、受け入れてしまうことがあります。

もしくは、自分がこんなに「好きだから」仕方ない、何をやっても許されると、相手や他人を顧みない行動をしてしまうこともあります。

これって、結構危険なことだと思いませんか?

しかも、自分の中では「好き」という想いは、限りなくポジティブな方向を向いている感情だという感覚があるので、それに対する「ストッパー」が働きにくいという落とし穴もあります。

昔読んだ『フルーツバスケット』という漫画の中で、こんなセリフに出会ったことがあります。

「好き」なら、何を言っても許されるなんて思ってはいけない。
「好き」なら、何をしても許されるなんて思っているなら、反省した方がいい。
一方的に高まった愛情をぶつけると、相手の重荷になったり、傷つけてしまう時もあるのだという事を忘れてはいけない。
相手の気持ちを尊重し、思い遣る心を忘れてはいけない。
でないと、終いには嫌われてしまうよ。

これは、まさしく「好きだから」を決して免罪符にしない、健全な「愛情」のかたちを考えさせられる言葉です。

つまり、何かを「好き」と思うときには、できる限り「冷静」な部分も残しておかなくてはならないと思うんです。


相手に向き合う自分も「好き」か?

そこで、冷静な状態で「好き」を抱き続けるために、私が思う基準は「相手に向けた好きよりも、その人を好きでいる自分を好きになれるか?」を忘れず考えること。

相手のことが「好き」ということについては、正直その想いが強ければ強いほど、あまり理性で止められることではありませんよね。

だから、「相手に向いた矢印」の到達地点以外に見つめるべきなのは、出発地点の姿だと思うわけです。

相手と向き合っているときの自分や、相手のことを考えているときの自分、相手のために何かしているときの自分……これらの姿も「好きな自分」「認められる自分」でいられるか。

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