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農家の本をつくるなんて思ってなかった。

『東大卒、農家の右腕になる。小さな経営改善ノウハウ100』という本を出します。

農家が1つの「経営体」として、作りたい農産物を作り続けるために。それを喜んでくれる人と永く付き合っていくために。本当に小さなことから、1つひとつやっていこう。そういう本です。

つまり、農業の本です。

わたし、農業の本を作るなんて一顧だにしませんでした。一個のダニほども考えたことがなかった。出身地の東京練馬は「練馬大根」が有名ですけれど、消費者に徹する人生です。これから開墾したり就農するつもりもありません。人生に悔恨はあるし収納は苦手です。梨ってなんであんなにみずみずしいんでしょうね。

この本は、ひとりの女性から始まっています。石田恭子さんという、わたしの高校の同級生です。何年も連絡をとっていなかったのに、晩夏の早朝、突然LINEがきたんです。出だしがこうでした。


「最近、曇り空ばかりで太陽が拝めないので、久しぶりに今野くんにお会いして頭部を拝むなどしたいと思っております」


迷惑メールかと思いました。わたしは太陽ですか。悪くないだろう。実際問題、一階が神社になっているベンチャーオフィスで、打合せを終えて裏口から鳥居のある正面へ出たら、若い女性から深くお辞儀されて拝まれたことはあります。ちがう、僧じゃない。そもそも寺じゃない。

わたしは、石田さんが農業関連企業に勤めていることすら知りませんでした。でも、「面白い人がいるから、面白いウェブサイトがあるから、日本中の第一次産業の経営者に読んでもらえる本にしてほしいから」と、とても長いメールを寄越してくれたのです。

わたしは、義理で本を作ることをしないです。どなたかの紹介を受けてつくるケースも少ないです。すごく偉そうに聞こえますが、単に、自分から愛した人しか愛し抜けない不器用な高倉健だからです。愛し抜けるポイントが1つありゃいいのに。本は子どものようなもので、互いの人生に大きな影響を及ぼすものだから、好きになれない人とつくり育てる責任は負えない。それは何より本にとって不幸なことだと思うからです。

でも、長年会っていなかった石田さんからのそのメールに、わたしは昔の石田を見ました。わたしは、彼女が好きでした。恋人であったわけではないけれども、自分の信念を持っていて、恥ずかしいことがあって顔が赤くなってもその顔を隠さない正直さがあって、人の意見に簡単になびかず、一度自分を通過させて考えられる気骨ある人物だと思っていたことを思い出した。あの石田がこれほど推してくる人物は、魅力的かもしれない。そう思った。結果的にその直感は間違っていなかったわけですが、第三者の熱意にほだされて著者と出会い本になったケースは初めてでした。そういうこともあるんですね。わたしの結婚相手は、生涯で最初に友達になった男からの紹介でした。聞いてないよ。

その石田さんが紹介してくれた人物が、この本の著者である佐川友彦さんです。佐川さんは、栃木県の小さな農家「阿部梨園」で、畑に入らず、経営・総務・会計・人事労務・PRまでのバックオフィス業務全般を担う「農家の右腕」として実績を積み重ね、阿部梨園で得た知見を農業全体に共有したいとクラウドファンディングで日本中の農家に向けて無料公開している人でした。どんな人だよ。何をやった人かは、これを見ていただければわかると思います。知識は、水だ。独占してはいけない。


阿部梨園の知恵袋 農家の小さい改善実例300


会ってみたら、佐川さんは、わたしとぜんっぜん違うタイプの人でした。経歴を調べると東大農学部から同大学院修士課程修了。ストレートでデュポン株式会社に入り1年目から国家プロジェクトのコンソーシアムに会社代表として出席するなどしたのちに創業期のメルカリへ……?

いや、ゴリゴリのエリートかよ。意識高いかよ。こちとらバンカラやぞ。卒論が私小説のバチバチの文系留年組やぞ。

佐川さんは、この本の中で、自分のことを「インテリぶって生きてきた人」と書いています。わたしは、それが自虐や謙遜ではないだろうと感じました。「散逸」や「瞬殺」などあまり使わない熟語が原稿に入ってくる。文体は人を写します。

でも、初めてお会いした時に、なんだか、凄みを感じたんですね。柔らかな表情と穏やかなトーンと明晰な言葉の奥に、「半端な本を作るつもりはない、一切ね。そう、iPhoneならね。」という覚悟が見えた。佐川さんは、キラキラに見えるキャリアから脱線するようにして農家に入り、怒涛のように経営改善を積み重ねた。それを、農業界全体に広げようとしている。その経験に裏打ちされた決意を感じました。


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しかし、佐川さんは、元々は阿部梨園の部外者です。3代続く阿部梨園に、全くのよそ者として就職した人です。もし、阿部梨園の軌跡を本にするならば、園主の許可を取る必要がある。阿部梨園の代表、阿部英生さんに認めてもらわなければ、本は出せない。当然です。

わたしは宇都宮まで、阿部さんにご挨拶に伺いました。


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でも、ちょっと考えてみてください。

って言って考える人いないですよね。大丈夫ですわたしが考えます。

わたしはもともと農業に興味があったわけでもない。農家の実情はほとんど何も知らない。大学の農業体験の講義で田植えと雑草刈りと乳搾りをやったくらいです。牛の乳はやわくて温かかった。そんくらいのしょぼすぎる体得知しかない奴が、命を賭けて守ってきた自分の農園のことを、自分の農園で培ったノウハウを、商業製品にして売りたいと直談判しに来るわけです。

わたしなら、椅子に深くふんぞり返って机に足を乗せて待つでしょう。娘の結婚相手よ、覚悟するがいい。阿部さんは、お仕事中の合間を縫って、作業着で姿勢正しく座って迎えてくれました。すいませんわたしもそうします。

そこで、わたしが阿部さんに何を言ったか、どんな言葉を交わしたか、本当に覚えていません。頭が真っ白でツルツルでした。阿部梨園に関する記事や情報はひと通り読んだと思います。佐川さんから阿部さんの性格も聞いてはいました。でも、そういう問題じゃないんですよね。わたしが佐川さんのことをどう思っているか、なぜ本にしたいのかを伝えるしかない。そして、わたし自身の所作や雰囲気や人柄を、阿部さんがどう思うか。それだけです。

阿部さんは、わたしの話をじっくり聞いて、沈思黙考されていました。正直なところ、わたしは、あまりいい印象を持ってもらえなかったかな、と思っていました。「いますぐ結論が欲しいわけではないです。後日、メールでお返事いただけるのを待っています」と言い残し、佐川さんと餃子食って宇都宮を後にしました。

後日、阿部さんからメールが届きました。


「今野さんの熱意をすごく感じることができました。本当に光栄です。佐川の力や魅力を存分に引き出して頂けたらと思います。」


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この本は、変則的な2部構成になっています。

第1部は、佐川さんがどんなキャリアを経て、どのように阿部梨園と出会い、何が起こり、何をしてきたかを時系列で書き起こしたノンフィクションストーリーパート。

第2部は、「阿部梨園の知恵袋」の300のノウハウの中から、あらゆる農家に広く共通するクリティカルな課題であり、かつすぐに成果が出やすい100を厳選し、全面的に加筆修正を加えた実務パート。

目次は、こうなっています。長いです。400ページだから。

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本来、第2部の実務パートだけで本にするのが順当だと思います。でも、わたしは、ノウハウに惚れたのではなかったんです。「どんな過程を経てそのノウハウが生まれ機能したのか」を知りたかった。分かち難くつながっている物語をいっしょに読みたい。佐川さんの人生の結晶としてのノウハウを伝える本にしたい。だから、ストーリーとノウハウの両面Aシングルにしました。CDを買うのはaikoだけになりました。

そして、「農家が経営ノウハウを取り入れる」とひと口に言っても、簡単なことではないはずなのです。それぞれの農家にはそれぞれの課題がある。でも、きっと、代々受け継がれてきたやり方がある。誇りがある。大切にしたい人との繋がりがある。守りたいものがある。佐川さんは、わたしと同い年の1984世代です。一方、農家は高齢化が進んでいる。35歳の他業界から来た若者のノウハウをすんなり受け容れられるほど、簡単な人生を歩んで来た人が読者ではないと思った。だから、読者が、自分の農園の姿を、課題を、願いを希望を載せて追体験できるようなパートがノウハウの手前にあるといいかもしれない。そう思いました。

この本の帯には、「守りながら、変えていく。」というコピーを入れています。これは阿部梨園のスローガンです。最初に見たときから帯に入れると決めていました。

これ、阿部梨園や農業だけの話じゃないと思うんです。わたしはビジネス書を作っていますが、「誰かのマネをすれば自分の人生は丸ごと変わる」というのは幻想です。それはきっと読み手もわかっていて、でも少しでも人生が好転したらいいな、と思うからビジネス書を読む。実際は、自分の生き方に沿う形で、自分の会社や環境に合う形で1つずつ取り入れていくことで少しずつ変わっていくものだと思います。

そして、「守りながら、変えていく。」は佐川さんそのものだとも思った。環境問題に興味を持ち、東大に入り、外資系企業やベンチャーに勤め、理想的な自己実現キャリアを歩む中で心身の健康に支障をきたして歯車が止まり、無職の期間を経て、考えもしなかった「農家の右腕」になった。そこで佐川さんは、ビジネスの世界で培った知識やノウハウや人間関係の築き方を、農業にフィットする形で取り入れるという前例のないチャレンジを始めた。自分の生き方を、守りながら活かす場所を見つけた。この本は、そういう「個人の働き方の変遷」の物語でもあります。

佐川さんご自身も、この本に込めた思いの丈をnoteに綴っています。

この本の最初の読者は農家の方々ですが、わたしは、農家に知り合いほとんどいないです。この本がどのように読まれるのか、読んだ方がどんな感想を寄せてくださるか、この本をきっかけにどんな方々にお会いできるのか、とても楽しみにしています。

本日校了。9月2日発売です。


そうだ。

大切なことを書き忘れていました。

阿部梨園の梨、マジでかいです。


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阿部梨園の梨、超うまいです。


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梨の季節です。

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