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匂いの螺旋

帰ると娘が俺の寝室のエアコンを19℃に設定して最強風速でガンガンに冷やしていて、勘弁してくれとリモコンに手を伸ばした瞬間に物凄い郷愁に襲われた。35年以上前に嗅いだ、生家の寝室の匂いがしたのだ。

幼い頃、俺が同じように、木造の部屋を木製の旧型冷房の最低温度で冷やした部屋の匂い。あれは黴の匂いではなく、人の生活空間を一定の温度まで冷やした匂いだったのか。

無数のぬいぐるみと箪笥と布団が置いてある部屋の匂い。豆タンクみたいに、ミニクーパーみたいに小さいが力の強かった親父と相撲を取って、蹲踞するたびに親父の膝の軟骨の音が鳴って笑ったあの部屋の匂い。コロコロコミックとアガサクリスティを読んだ、ラジカセから鳴ったミスチルとスピッツを初めて聴いたあの部屋の匂い。目の前の娘の向こうに、遠い自分の姿が朧げに見えてくる。香りの記憶は暴力的に時間を巻き戻す。

人には固有の匂いがある。

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