『ブルーマリッジ』カツセマサヒコ
長らく同棲している彼女にようやくプロポーズした二十代後半の人事部の男と、娘の結婚式の直後に妻から離婚を突き付けられた五十代の営業課長の男。前者が提案した社内通報の仕組みによって、後者の常習的な部下へのハラスメント行為が明るみに出ます。しかし後者は、自身の上司(あるいは夫や父)としての在り方が正しいと信じて全く疑わず、会社でも家庭でも協議は平行線のまま。そのようなことを彼女に話した前者は、彼女が発した予想外の指摘に打ちのめされ、うろたえることになるのでした。
両者の間で一人称を交代しながら、物語は進んで行きます。ここで強く告発されているのは、男性と女性、上司と部下、親と子などの立場の違いによる、言葉の暴力です。この課長のような典型的なパワハラよりも、この若者(やその親たち)のような無自覚の加害性の方が遥かに恐ろしく、それに気付いた人々のそれぞれの痛みは、読んでいてかなり辛いものがありました。
彼女が冷静に指摘しているように、被害側は往々にして一生ものの傷を抱えているのに対し、無自覚な加害側は往々にして記憶に留めてすらいないのです。被害の記憶は勿論のこと、加害の面でも多少なりとも心当たりはあるもので、自分で恐ろしくなりました。
そして忘れてならないのは、その逆の立場でのハラスメントも確かにある、と言うことです。ここでも決め付けや思い込みは危険で厄介です。
人物描写がややステレオタイプに過ぎるきらいはあるものの、いかにも身近に現実にありそうな設定だけに、特に前者の気持ちはストレートに入って来ました。痛みを感じる小説でした。