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『恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ』川上弘美

老境に差し掛かろうとする作家である主人公の、新型コロナ禍の数年間を過ごした日々の模様が、一人称で淡々と綴られています。とりわけ、アメリカで過ごした少女時代から交友が続く友人たちとの、取り留めもないやりとりが、大半を占めています。その中から、主人公や登場人物たちの過去と現在や人となりが浮かび上がって来ます。

主人公を架空の名前にしてはいるものの、小説と言うよりは、著者自身によるエッセイのようでした。勿論、小説としての翻案はありそうですが、著者自身のリアルな実感のようなものが随所で感じられました。基本的にサバサバとドライな性格を見せている主人公が、時々覗かせる繊細で感傷的な一面に、親しみを感じたりしました。

印象的なのは、友人たちとのやり取りの手段が、手紙、電話、メール、メッセンジャーなど様々にあって、それぞれの特性が人と人との距離感に影響していることです。特に、コロナ禍で行動が制限される中で、多岐にわたる通信手段が存在していたことは、確かに大きな意味がありました。

何となく取っ付きづらい文体で読みづらいと感じていたのですが、その割にあっさりと読み終えてしまったのは、自分でも意外でした。

「一人でいることがさみしいのではなく、どうしようもなく誰かと一緒にいたい、という相手を自分が求めないことがさみしいのだ。そんな相手がいたことは、これまで一度もなかった。そもそも相手を求めていないことは、自分でも知っている。それなのにさみしいと感じるのは、まだ海を見たことがない人が海を恋うことと同じなのだろうか。いつか海に還りたいと願うことと同じなのだろうか。」(p.197)

[2024/03/20 #読書 #恋ははかないあるいはプールの底のステーキ #川上弘美 #講談社 ]

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