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墨跡(ぼくせき)-「桜」を書いてみて思ったこと


「桜」を書いてみよう!

記事の英訳(*1)をお手伝いくださっている友人のご両親が、桜の季節に合わせて来日されるという話に触発され、ふと、「桜」という文字を書いてみたくなりました。柔らかい羊毛筆でとりあえず二、三枚…書き始めると楽しくなり、一枚、また一枚と数が増えていきました。「こうしたらもっと見栄えが良くなるかもしれない」「ここはうまくいったけど、今度はこっちが気になる」と試行錯誤。気がつけば何十枚にもなっていました。ところが、比べてみれば、とりあえず書いた二、三枚が一生懸命書いた他のどれよりもマシ。皮肉な結果にガッカリです。


(*1)Mediumというプラットフォームに英訳した記事を投稿しています。


墨跡

ところで、書道には「墨跡」というジャンルがあります。「墨跡」という言葉そのものの意味は「墨と筆を用いて書いた文字」ですが、日本では、臨済宗を主とする禅僧の書を指します。この意味を明確にするために「禅林墨跡」という場合もあるそうです。

墨跡はもともと仏教の教えを伝えるために書かれたものですから、技法の巧拙ではなく、書き手の悟りの境地が重視されます。禅宗では言葉や文字を超えた真理の直接的な体験に重きが置かれるため、仏教の精神性が伝わってくる書に価値があるとされます。

一休禅師の墨跡

数ある禅林墨跡の中で有名なものの一つは、一休宗純のものでありましょう。一休宗純(1394-1481年)は臨済宗大徳寺派の禅僧で、1975〜1982年にかけて日本で放映されたアニメ〈一休さん〉のモデルとなった人物です。

まずは一休禅師の直筆の書をご覧ください。どのような印象を受けられるでしょうか?

アニメでは、子供の一休さんが、得意の頓知で大活躍する様がユーモラスに描かれておりました。実際の一休禅師も聡明だったようですが、〈風狂僧〉として知られていたようです。「風狂」というのは、本来「破戒」とみなされる型破りな行動を悟りの境地の表れと捉えた場合に用いる用語です。つまり、一休禅師は、高僧でありながら、一見、風変わりな人物であったということです。

木製の太刀を差して街中へ

伝えられるところによりますと、一休禅師は朱色の木製の太刀を差して街中を歩き回ったことがあるそうです。禅僧が太刀を持ち歩いているのは確かに違和感があります。しかし、これには確たる狙いがありました。実は、その行動は、「いくら見た目が立派でも木刀が人を斬れないのと同じように、当時の僧侶たちは見掛け倒しで役に立たない」ということの風刺だったのです。

方法は奇抜ですが、この反骨精神の奥底には燃えるような信仰心が感じられます。心情としては「憤り」のようなものがあったと想像しますが、その表現はウイットに富んでいるところに一休禅師の人間性が垣間見えるようです。

一休禅師と法衣

もう一つ、一休禅師の生き様を窺い知ることのできるエピソードを見てみましょう。それは「一休禅師と法衣」のお話です。

ある時、一休禅師は京都の富豪から法要の招待を受けました。前日、たまたまその商家の前を通りましたので、一休禅師はちょっと立ち寄ってみることにしました。

ところが、一休禅師の顔を知らない商家の門番は、粗末な身なりの一休禅師を見て、
「これこれ、乞食坊主、物乞いなら裏へ回れ!」
と怒鳴りつけ追い払おうとしたのでした。

一休禅師が、
「ワシはこの家の主人に会いたいのだ。」と言っても門番は聞く耳を持たず、
「馬鹿も休み休み言え。ご主人様がお前のような乞食坊主に会われるものか。さっさと帰れ!」と追い返そうとします。
「お前は門番なのだから客人を案内するのが役目であろう。面会したい者がいると主人に告げよ。」と一休禅師が言っても、
「何を生意気な乞食坊主め!」と激昂。一休禅師は叩き出されてしまいました。

さて、そのようなことがあっての法要当日、一休禅師は紫の法衣をつけ、弟子を連れて商家の門前に立ちました。そこには昨日と同じ門番がいましたが、昨日とは打って変わって神妙な面持ちで、恭しく一休禅師をお迎えしたのでありました。

一休禅師は家の主人に奥座敷に案内されると、
「ご主人、実は昨日大変なおもてなしを頂いたのですよ。」とニヤリ。
何のことかわからずキョトンとする主人を前に一休禅師は続けておっしゃいます。
「近くに来たのでご主人に会いたいと門番に言ったのですけどね、乞食坊主にご主人が会うものかと追い出されましてなあ…。」
それを聞いた主人は顔面蒼白。
「そ、それは知らぬこととはいえ、大変なご無礼を…なんとお詫び申し上げればよいやら…。でも、どうしてその時にお名前をおっしゃってくださらなかったのでしょうか。」
しどろもどろの主人にはお構いなし、一休禅師はその場で紫の法衣を脱ぎ捨ててしまいます。そして、
「この一休には何の価値もない。紫の法衣を有り難がるのだから、この法衣にお経を挙げてもらえばよかろう。」
と、法衣を置いて、さっさと帰ってしまったのでありました。

思わず笑ってしまうお話ですが、物事の核心を鋭く突いていますよね。私たちは、とかく身なりや肩書きで人間を判断してしまいがちですから、決して他人事ではありません。

墨跡から伝わること

さて、今見たエピソードを踏まえてもう一度一休禅師の墨跡を拝見してみましょう。書風に人となりが表れているように感じるのではないでしょうか。

常識的な型に囚われることなく、何者にも縛られず、どこまでも自由で大胆でありながら、本質を突くような厳しさもあるように私は感じます。書かれていますのは「諸悪莫作しょあくまくさ 衆善奉行しゅぜんぶぎょう(諸の悪を作すこと莫く もろもろの善を行いなさい)」という仏様のお教えですが、言葉の意味内容とは別次元で、心にダイレクトに響いてくるものがあります。禅でいう、〈不立文字〉〈教外別伝〉というのはこういうことなのだろうなあ、と私なりに感じるところです。

・〈不立文字〉真理や悟りの境地は文字や言葉によって示せるものではない。
・〈教外別伝〉仏の教えは心から心へと伝えられるものである。

一休禅師の書からは「巧く書こう」などという作為的なものは微塵も感じられません。

では、私が筆で字を書こうとする時はどんな感じだろう?

筆に墨をつけて、いざ書こうとする時は、緊張しかありません。特に高価な紙に書く場合は、心臓がドキドキしてなかなか書き出せません。(笑)「失敗したくない」「巧く書きたい」という気持ちがあるからに違いありません。

何文字が書き進み、たまたま良い具合だったりしますと、「これは良い作品になるかも」という期待が頭をよぎって変な緊張感が高まったり、逆になぜか気が抜けたりして集中力が途切れてしまいます。

一人で紙に字を書くだけですのに、様々な感情の起伏により心が揺り動かされ、平常心とは程遠い状態になり、結局、失敗します。なんと修練の足りないことでしょう!

考えてみますと、この傾向は人生全般に共通しているような気がします。生きていると大きなことから小さなことまで、大事な局面に遭遇します。「失敗するわけにはいかない」と緊張しすぎたり、少し調子がよいからといって油断したりすると大抵うまくいきません。

私が何も考えずに気楽に書いた「桜」が一番マシだったように、何事も余計なことを考えずに自然に行うことが最も良いのでしょう。自分なりの尺度で「成功」や「失敗」を決めて喜んだり悲しんだりするのではなく、広大な宇宙の営みの流れに乗っていくようなイメージでしょうか。何が成功で何が失敗かは長い目で見なければ分かりませんから。

一休禅師の書が禅師の御心に広がる宇宙の表現であるように、日常の行為においても、自身の内面にある世界を表現できたらいいなあ、と憧れます。

いつか呼吸をするように筆で字を書いてみたいなあ!

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