【短編】安藤さんは無視をする

 隣の席の安藤さんはいつもムスッとしている。
 しかめ面で哲学の本を読んでいる時も、お昼休みでご飯を食べている時も、いつも不機嫌そうな顔をしている。
 眼鏡を掛けていて、いかにも真面目な女子だ。近づきがたい雰囲気がある。
「安藤さんっていつも一人だよね」
「だって話しかけたって無視をするんだもん。おはようの返事くらいしろっての!」
 当然クラスの女子に噂される。
 中学生は多感だというし、陰口を叩かれていないか心配になる。学級委員としてクラスメイトを守ろう!
 僕は一人で読書をしている安藤さんに声を掛ける。
「安藤さん、こんにちは!」
 できるだけ明るくて元気な声を出した。
 しかし、安藤さんは本を読んでいるままだ。
 クラスの女子のヒソヒソ声が聞こえる。
「ほら、やっぱり無視された」
「感じ悪いよね~」
 思いっきり陰口を叩かれている!
 僕のせいといえば僕のせいだ。きっとうかつに話しかけてご機嫌を損ねている。
「きょ、今日はいい天気だね!」
 窓の外はどしゃぶりだ。
 安藤さんは本のページをめくるだけだ。
 誰がどう見たってスベッている。
 分かっている。こんなクソ寒いギャグが通じるなんてこれっぽっちも期待していなかった。
 胸が痛いのは気のせいだ。僕の心もどしゃぶりだなんて言わない!
 少しでも気を引くために、わざとらしく本を眺める。
「いつも難しそうな本を読んでいるよね。どんな本なの?」
「……もしかして私に言っていましたか?」
 ようやく安藤さんが顔をあげた!
 きっと相手の興味を引く事に成功したんだ!
 僕は心の中でガッツポーズをした。
 安藤さんは小さな溜め息を吐く。
「私はアンドウではなくヤスフジです。よろしくお願いします」
 僕は赤面して立ち尽くした。

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