腕踝鍼って、実は切皮すらせずとも即効で効いちゃうんじゃないの?
最近Twitterで腕踝鍼というのを知りました。
中国発のフレームワークなのですが、留学中は全く知りませんでした。調べてみると、やはり頭皮鍼ほどメジャーでないものの、とくに疼痛に絶大な効果を発揮するといいます。今回はそんな腕踝鍼についての論文を紹介します。
さいしょに
腕踝鍼というのは、身体を6つのエリアに分け、それぞれが呼応する腕・足関節上の6つの「鍼刺点」を取穴する方法です。中国の鍼灸では「得気(いわゆる鍼感)なくして効果なし」と教えられますが、表皮層にのみ刺鍼し、「得気」がなくとも効果がある、とされています。
腕踝鍼は1960~70年代にその方法が確立されました。創立者は神経科の精神病を専門とする医師、張心曙です。とくに鎮痛に即時的な効果があるとされることから軍隊でも採用された、と教科書には書かれています(トレーニング中に肩を痛めた軍人に鍼を刺す動画もあります)。また教科書では疼痛以外の疾患、たとえば神経性(麻痺や眩暈など)、さらには内科、婦人科、小児科、皮膚科などなど、多岐にわたってその使用方法が解説されています。
論文紹介
今回紹介する論文は、『腕踝鍼の急性腰痛に対する即時鎮痛作用:ランダム化比較試験』。腕踝鍼が得意とするフィールドである疼痛、そのなかの急性腰痛を対象とした、プラセボ鍼と比較した実験です。『中国鍼灸』2010年8月号に掲載されました。
母集団について:実験対象となったのは「2009年6月から2009年2月にかけ上海長海医院の中医診療科を訪れた108例の急性腰痛患者たちです。病歴<12週、疼痛評価(VAS)>4、腕踝鍼の治療を受けたことがない人、が対象となっています。整形外科医の診断を経て、最終的に60名が2グループに分けられました。
なお本論文の調査対象となった「急性腰痛」はいわゆるぎっくり腰に限らず、腰椎ヘルニアや腰部筋膜症などと診断された人を含めています。それぞれの疾患はいずれのグループもほぼ同割合で分布しています
PICOは下記のとおりです。
実験の結果(概要)
前述のとおり様々な評価が実施されており、「結果」は多岐にわたります。論文の「結論」では下記のようにあらわされています。
実験の結果(詳細)
本実験で行われた様々な「評価」についてそれぞれ詳細、結果(表と論文中の記述)を紹介します。
「マックギル疼痛質問票」
内容:本論文では「Short-form」を使用しているが、具体的にどのような設問かは不明。(参考)。
治療後最初の計測タイミングである5分後に明らかにスコアが減じていることから、「腕踝鍼は急性腰痛の鎮痛効果を示し、また効果は迅速である」としています。
「Schoberテスト」
内容:前屈テスト。(参考)。
「10分後のスコアについては2グループ間に比較的顕著な差がみられる。腕踝鍼は急性腰痛の鎮痛効果を示すことにより、前屈の角度が改善された」としています。
「期待と治療の評価」
内容:下記4つの問いに対する信頼度をVASにより評価した、と書かれています。
「C対象群はスコアの変化がなく、P患者群は変化がある。(省略)P患者群は施術後に腕踝鍼に対する信頼が明らかに強化され、またこれは腕踝鍼が即効性の鎮痛効果を持つことを証明している」としています。
「鍼治療を受けた時の感覚に関するアンケート」
内容:実験対象者はいずれの鍼でも「鍼の切皮を感じたか」、「本当の鍼と感じたか、それともプラセボ鍼と感じたか(VAS評価)」を問われている。
論文では、表右側のスコアが2グループで近似値であることから「ブラインドテストとしての実施は成功した」と書かれている(VASが5前後なのは、おそらく「ホントかプラセボかわからない=5」で評価しているのでしょう)。
考察、解説
本論文でプラセボ鍼が対象となっている理由
本論文での実験がプラセボ鍼と比較しているのは、「鍼灸テスト方法あるある」もひとつの理由ですが、腕踝鍼のアピールポイントのひとつである「鍼感なしで即効性がある」という視点から計画されています。伝統的な中医学の鍼灸では「鍼感なくして効果なし」と教えられていますが、それに反する腕踝鍼が「鍼感なし」で効くのなら、そもそも切皮すらなくても効いちゃうんじゃないの?という問いに答えられるデータを収集したかったのだと思います。
プラセボ鍼の実施方法
P患者群とC対象群は、それぞれ自身がどちらの群に属しているかは非公開とされています。そのうえで次のような手順で施術が実施されました。
この実験で使用されたプラセボ鍼は、本来25mmある鍼体を23mm取り除いたものを使用しています。鍼先は丸め、切皮しないように加工されています。また施術に際しては患者らはアイマスクを装着し、またブラインドにより施術部が見えない状態にしています。切皮(プラセボ鍼の場合は切皮しない)後、通期のあるテープで固定し鍼先を見えないようにしてから、アイマスクとブラインドが除かれます。そして30分間置鍼しました。
なお施術を行った鍼灸師は1名。1年の腕踝鍼のトレーニングを受けており、また今回のプラセボ鍼を用いる練習を行ったそうです。
「事前期待が高いほど効果が高い」といえるか
前述の「結論」の一節ではこのように書かれています。『患者は腕踝鍼に対する期待が高いほど、鎮痛効果も高い』。すごく唐突感があります。論文ではその根拠を表4の結果から導いています。関連する記述をもう少し細かく見てみます。
・・・ん?確かにプラセボ効果の観点からすれば「期待が高いほど効果が高い」というのが通説ですが、今回の実験結果からそれを語るのは、短絡的な気がします。論文のテーマである「腕踝鍼は即効性があるか」「それは切皮してこそ効果を発揮するのか」とは関連のないものであり、蛇足感が否めません。
即時的な鎮痛効果があるかどうか
期待値の話はさておき、本題である「即時的な鎮痛効果はあるのか」についてみてみます。
表2のVASを見ると、P患者群では5分後から明らかに改善がみられています。C対象群も全体的に見るとスコアが改善していますが(腰痛はプラセボでも、もっといえばオープンプラセボでも改善されるという論文もあります)、P患者群のスピード感、ボリュームには劣ります。この表からは確かに腕踝鍼は鎮痛効果があり、また即効性があるといえるでしょう。
まとめ
腕踝鍼は即効性の鎮痛効果があるというメリットのほか、ルールが明確であることから習得も容易である、と教科書では語られています。また、腕・足関節に刺針することから、患者が着替えをしなくて済むという利点もあります。
私は「患者が着替えずに済む」、さらには「座位で施術できる」というのがすごく魅力的に感じていて、同様の理由で頭皮鍼(朱氏頭皮鍼、YNCA)にも関心があります。女性患者にとっては、男性鍼灸師に施術を受ける際、着替えずに済む・・・背中やお腹などを露出せずに済む、って受診のハードルを大きく下げる効果があるんじゃないでしょうか。
今回のネタ論文はこちら。
『腕踝针对急性腰痛的即时镇痛作用:随机对照研究』
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